2015年09月25日

言葉じゃないもので伝わる

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犬は人の言葉を使わないから、私たち人間は言葉じゃないもので彼らに色々伝えなくちゃならない。
でもよく考えてみると犬だけじゃなく、人間だって言葉が通じない時期がありますよね。
そうです、赤ちゃんの時期です。
赤ちゃんはまだ人間の言葉を喋れないし理解できないから、泣く事で不快や空腹、恐怖や不安を表現すると思うのですが、大人はそれを叱ったり罰したりせずに赤ちゃんがなぜ泣いているのか色々想像を働かせて対応すると思います。
犬だって、言葉はわからないけれど、脳の構造上感情の部分は人間と重なる部分が多いのだから、人と同じように対応してあげるとわかりやすいのではないかなと思います。

言葉じゃないもの・・・つまり対応や態度で”わかってるよ”ということや”大丈夫、安心して”を伝えることってできますもんね。
それに、言葉を理解できる私達だって「大丈夫よ」というその人自身が見た感じ全然大丈夫じゃなさそうだったら^^;大丈夫だと思えないと思うのです。
だから不安がっている相手に安心や大丈夫を伝えたい時には、見るからに大丈夫そうな^^;落ち着いた自分でいることが、相手に”大丈夫を伝える”ということなんじゃないかなと思っています。

でも、世の中には吠えを止めるために大きな音を鳴らしたり、何かを噴射させたりして犬をビックリさせて吠えを辞めさせる方法があります。

でもそれって「吠える必要はない、大丈夫」を教えるのではなく、
「ここは怖い、いつ何か嫌なことがおきるか不安、落ち着かない」を教えていることにならないだろうか。警戒心からの吠えを煽るようなことをしてしまっていることにならないかな?って。
普段生活している家の中がそんな状態で、ワンコさんは幸せだろうか・・・生活の場である家の中や飼い主がいる場所でこそ、大丈夫を沢山経験させてあげたいし、それは福祉の面からも重要なことなのではないかなと思います。
逆にいうと、家の中に怖いものがあったり不安で落ち着けないという状況は、大丈夫が伝わらない状態=ワンコさんが頭で考える余裕がない状態=抑制を教えてあげられる環境が整っていない、ということになるのではないかなあとも思います。

飼い主である私達が普段から優しくてちょっとの事では動じない強さを持った安定した存在であることをワンコさんが知っていれば、例えワンコさんの頭の中が別のこと(興奮など)でいっぱいになってしまった時でも、彼らの脳の奥深くにポトリと落ちて、優しい感覚の波紋を広げられる存在になることができると思うのです。
そんな風に、ワンコさんがハッと我にかえれるくらい、そういうものを引き出せるようになれるくらい、犬にとって良い存在になりたいなと私は思っています。
posted by カエデ at 10:10| 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

自然とできていくルール

犬と仲良く暮らしたい、でもどうしたらそうなれるのかわからない。
犬と一緒にいる、その居方がわからない。^^;
ルビーを迎えたばかりの私はそんな感じでした。


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犬をいじめたり罰を与えたり、欲求を無視して過剰なコントロールをすることはやめたいけれど、やめて欲しい行動はとめたい。そう思った時に、どこまでが犬の欲や当たり前の要求に応えることで、どこからが過剰なコントロールになるんだろう?って悩んだりして。

私はもともとルビーをコントロールし過ぎる傾向にあったので、まずそんな自分を脱する為にとにかくルビーの要求を受け入れるというところから関係をやり直しました。でもそうしていくうちに今度は彼女のどの行動が止めるべきものなのかというのが分からなくなってしまってしまった。

だから犬について、そして犬の欲求について学んで、実際のルビーの行動のどれがそれであるのかすぐにわかれば良かったのだ(良いのだ)と思いますが、学びってそう簡単に順序良く進むものではないんですよね。^^;迷って迷って失敗して修正して、そしてまた迷って間違えてまた修正して。でもとにかくルビーの前だけでは良い自分であろうとすることで段々と楽しい気持ちも保てるようになりました。

『ムツゴロウ先生の犬と猫の気持ちがわかる本』の中に、こんなくだりがあります。

”私は、犬や猫を飼うさいに、しつけがクローズアップされることに疑問を感じます。しつけが問題になっている事自体が気にかかります。
 なぜなら、しつけとはそれだけを独立させ、技術的に解決していくものではないからです。しつけとは人とペットが一緒にいきていく間に自然とできていくルールなのです。”(p.86)



上記は子犬のしつけについてのムツゴロウ先生のお話しなのですが、どの犬と飼い主の間においても同じことが言えるんじゃないかなあと、自分自身を省みて思います。

マニュアルに則って失敗させないように、そして自分も失敗しないように・・・という方向にいってしまって息がつまりそうだった日々を思い出します。

でも命ってそういうものじゃないんだった。それを思いだしてしまった。自分という命だってそういうものじゃないじゃんって。^^;
こうしたら絶対こうなる、っていうんじゃないもの同士が付き合うのだし、失敗したらやり直せばいい。行ったり来たり色んなところにぶつかりながら、時間をかけてお互いに成長して行けばいいんだなって今は思うようになりました。がんばってるなら許しあえるあなたと私でありたいよねって。一緒に暮らしていく中で、痛い思いや楽しい思い、辛かったり嬉しかったり怖かったりびっくりしたりしながら、五感をフルに使ってお互い成長していって、いつのまにか当たり前に一緒にいる存在になっていくんじゃないのかなって、今は思っています。
posted by カエデ at 20:34| 読みもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月12日

今のうちになんとかしないと?

関東・東北の大雨により被災された多くの方々に心よりお見舞いもうしあげます。
行方不明の方が早く見つかりますように、そして被災地の一日も早い復興をお祈りしています。


私たち犬飼い、猫飼いにとって、災害時の動物達の境遇というものは無関心でいられない事柄です。
まだそういう境遇にないうちに不安や焦りで気持ちがいっぱなってしまって、今のうちにこの子達をクレートに慣らさなきゃ、人に慣らさきゃ、吠えないようにしつけなきゃ、と色々焦ってしまうかもしれないけれど・・・。

でもそういう時こそ一呼吸おいて、焦りの中で見失いそうになっているものがないか考えてみることが大切かもしれません。

なぜこんなことを言うかと言うと、焦って大切なものが見えなくなっていた時期が私にもあるからです。思い出すだに恐ろしいあの頃の私。^^;あんな飼い主私でも嫌です。^^;

ルビーを迎えて留守番時の吠えに悩んでいた時、早くこの吠えを止めないと近所から苦情がきてしまうかもしれない。吠えない様にすることがルビーの為でもあるんだ、とどこかで焦って道を踏み外す自分の気持ちに言い訳をしていたような気がするからです。
そうやって、”早く(今のうちに)何とかしないと”という気持ちがどんな行動を生み出したかと言うと、

『厳しくしつける』
=”吠えを叱る”とか、
 ”なんとしても家の中で排泄させようとする(外で排泄させたくない)”とか、
そういう気持ちに繋がって行きました。

これらの何が問題だったかと言うと、
まず犬の習性を全く無視していること(犬にとって生きにくいことだと思います。)、飼い主がいつもピリピリしているので犬の不安や警戒心を煽ってしまうこと、生活の場である家庭がくつろげる場所ではなくなってしまうということ、
などがあげられると思います。
これらの事は犬にとってフラストレーションである事は間違いないですし、フラストレーションは過剰な吠えや問題行動と呼ばれるもの(ですが、実際は困っているのはワンコさん自身だったりしますよね)の原因にもなるでしょうし、なんと言っても犬も人も生活そのものがとても窮屈で楽しいものではありませんでした。

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本文とは関係ありません。散歩準備OKなルビーと散歩行く訳ではないけれどスタンバってるチニタ。^^;

今私が思うのは、
いざという時のことを考えるなら、犬との普段の生活を豊かにすること、普段の生活を豊かで笑顔溢れるものにすること。
そして、犬に不安や恐怖を与えたり無理解で接するのではなく、大らかでのびのびとした精神を育むことが何よりも大切なのではないかなということです。

そういう豊かな普段の生活があってこそ、災害などの非常事態下で強さ(動じない個々の強さ、飼い主と犬との関係の強さ)が発揮されるのではないかなあと感じています。

日常で起こるちょっとした危機(というには軽すぎることなど)を
「びっくりしちゃったね〜」
と笑ってやりすごしながら、犬達にとって最大級の良いものに自分がなる工夫をすること。
そうやって『私たちは大丈夫だよね』というものを楽しい日常の中でつくっていくことが大切なのではないかなあと感じています。



posted by カエデ at 14:42| Comment(2) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする