2016年02月24日

慌てずにゆっくりと

今日は、チャーリードッグスクールのさいたまお散歩トレーニングに参加いたしました。
11組14頭、北風ピューピュー吹いていましたが、寒さ対策しっかりしてワシワシ歩いてきました。


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写真:れあパパさん♪


犬と犬とを近づかせて挨拶させることが目的ではなく、距離をとりながら同じ方向を向いて一つの集団になって歩くパックウォーク。犬達がこんなにも社会的な動物だと知らなかったら、そして距離があっても彼らが匂いやボディランゲージでコミュニケーションしていることを知らなかったら、このパックウォークの意味もわからなかったかもしれません。
そして、そんな彼らの静かで豊かな世界を邪魔することのないように、私たち飼い主もリラックスして、肩の力を抜いて歩きました。


若かったり経験の少ない子は、はっちゃけたりごねたりわがまま言ったりすることがあるけれど、それも生きものだから、必ず通る道として、落ち着いて対応できます。
決してリードショックを与えたり、大声で叱ったりせず、ある時ははっちゃけに付き合い、ある時はいきり立った気持をなだめたりしながら制止して、まずは穏やかな自分を彼らに示せるように飼い主自身、そして一緒に歩いているみんなが協力してがんばります。
そうやってまずは自分の気持を鎮める所から。犬を責めたり、他の何かを責めたりするのではなく、自分はどうなのかを見つめ、ゆっくりゆっくり(自分が)変化していった先に、それぞれの犬達との調和の取れた関係が出来上がっている事に気づくのかなあと思いました。


犬という生きものと、彼らを取り巻くものについての自分の学びの進度の遅さがわかると、犬達にだけすぐに変わる事を求めていた自分の未熟さが嫌ってほどわかります。
・・・が、きっとこれも通るべき道。
理想の形を追い過ぎて、形だけにならないように。そこにたどり着こうとする道のりを、試行錯誤しながらでも腐らずに丁寧に歩く事が、自分にも他の命にも優しいのだと感じました。


夏目先生、ご一緒したみなさま、今日も素敵な時間をありがとうございました♪





posted by カエデ at 22:30| Comment(0) | パックウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月20日

お散歩の意味がわからなかった。^^;

私がルビーを迎えて戸惑ったことの一つに、お散歩ってなんなのか、どう楽しんだらいいのかわからなかった、というのがあります。運動不足にならないように・・・程度の知識しかなかったのでした。
犬と一緒に歩いていればそれはそれなりに楽しいのですが、例えば最初の頃は前回の記事の様に、犬を怖がっている(ように見えた^^;)ルビーにどう対応すればよいのかわからなかったし、横断歩道を渡ろうとしているのに信号機の柱の匂いとりをしようとして動こうとしないルビーを引っ張って横断歩道を渡ったりしているうちに、引っ張り合いのお散歩になってしまった、という時期もありました。

引っ張り合い・・・と当時の私は感じていましたが、あれ?ルビーは電柱の匂い取りをしているだけで、引っ張ってるのは私だった・・・^^;と気づいたのは、夏目先生のお散歩トレーニングというパックウォークに参加させて頂いてからのことでした。

初めて沢山の犬さん達と一緒に歩くお散歩トレーニングに参加させて頂いた時、「わきゃーーー♪」と走り出すルビーを一生懸命止めて、”走るのではなく歩かせようと”していた私。私の頭はカチコチのトレーニングモードになり過ぎていて、
”トレーニングってこういうもの=トレーニングはお行儀よく=走ってはいけない”
と思い込んでしまっていたのでした。それで私はリードを止める、というより
「それ止めて。走らないで。こっちへ来て」
って引っ張っていました。

でも犬達は、道端や漂ってくる様々な匂いに興味津々だし、且つ同族である他の犬さんと適度な距離をとりながらすれ違ったり、または一緒に歩いたりする事で様々な欲が満たされるのですよね。欲が満たされるということは満足する、つまりある種の幸福感だと思うのです。

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例えば、私がルビーを迎えて犬のことをもっと知りたいと思ったから、色々調べて何が犬達の為になるのか、幸せに繋がるのかを知りたいと思った様に、犬さん達もお散歩で外に出て色んな匂いが漂ってきたら、自分の周りにはどんな同族ワンコさんがいてどんな子なのか知りたい、調べたいだろうと思うのです。
それをさせてあげる役割がお散歩にはあるよね、って。

匂い取りの重要性がわかったから、彼女が匂いをとっている間、私は落ち着いて彼女が臭いを嗅ぎ終わるのを待つことができるようになったし、それをしている彼女を見ているのも楽しくなりました。
そして、道端ですれ違う犬さんとお尻の匂いを嗅ぎ合ったりしなくても、飼い主同士が会釈して通り過ぎる瞬間、犬達も彼らなりのシグナルで同族同士挨拶を交わしていることも知りました。

人間である私には想像するしかない犬達の匂いの世界、そして彼らなりの言葉。
想像するしかない部分も多いけれど・・・でも知れて良かった。
ルビーを迎えなければ知るよしもなかった、なんだか面白い世界に私は住まわせてもらっているんだなあと、不思議な幸福感で満たされている自分がいます。


posted by カエデ at 20:45| パックウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月18日

大好きな存在として生を支える

前々回の記事の最後に、私はこんなことを書きました。

「私たち、色々逆なのかもしれません。
”あれがカッコイイからあれを目指そう”、じゃなくて、
(本当の意味で)犬に好かれ(ようと努力する)人と犬との関係性が見せる様々な現象が”カッコイイ”っていうんじゃないかなと、今は思っています。」

じゃあ、犬に好かれる人ってどんな人だろ?

それで思い出したことがあるんです。

ルビーを迎えた当初、私はルビーが他の犬を怖がっていると感じていたのでした。
だってルビーったら、お散歩で他の犬が近づいてくると、私や近くにいる友人の後ろに隠れたりしていたんです。
隠れる・・・。
私にはそう見えたんですね。

でも犬って自分と他の犬との距離感をとっても大切にする動物で、他の犬のスペース(犬によって様々だそうです)に滅多やたらと入っていくのは失礼なのだそうです。
ルビーが私の後ろに隠れたのは、自分の居心地の良いスペースを守る為、近づいてくる犬との距離をとった・・・だけだったのかもしれません。
「あっちへ行け!」と吠えるでもなく(これはこれで正しい要求ではあると思いますが)、とても礼儀正しい、犬として当たり前の、落ち着いた行動だったのだと思います。後からこれを知った私の驚きと言ったら。驚きというか・・・自分の勘違いの激しさにずっこけました。^^;

もしここで私が
「ほら、〇〇ちゃんに挨拶しなさい」
なんて、リードでグイーーっとルビーを相手犬さんの方に無理やり引っ張っていたら・・・?
私はルビーから大好きな人認定貰えないだろうなと思います。

「犬の心にまっしぐら」(アンジェロ・ヴァイラ著)から引用いたします。



” 生まれたばかりの子犬の場合はオキシトシンやエンドルフィンを循環されるのが母親との触れ合いだが、そのあと同じことをするのは里親(二義的愛着人物)との触れ合いであるだろう。これは里親が、社会的やり取りや犬の欲求を察知することにおいて十分に有能である場合に限られる。
 今日では、愛着理論は科学的レベルでもきわめて信頼できる理論のひとつになっている。愛着の持つ役割は、安心感を与え、生きて経験を重ねていく上で個々のものを支えていくことである。” 
(p.285〜p.286)
   ※エンドルフィンとオキシトシンは、どちらも幸福感や快楽に関連する神経伝達物質の一種でです。


”社会的やり取りや犬の欲求を察知すること”って、上に書いた様な事も入るんじゃないかなあと思って。
犬達の表現方法の一つである吠えや噛みを、体罰や高圧的な態度で叱って止めさせようとしたり、○○したらご褒美を上げる、というような取引きみたいなことで犬達をイラつかせたり、力を誇示する為にホールドスチールやマズルコントロールを無理やりやって犬をいじめることだけが犬との齟齬を生む出すんじゃないんですよね。

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犬の言葉を知って欲求に応えることができたら、もっともっと犬から
「この人話のわかる人だわ〜」
って思ってもらえて、しかもその安心感が犬達の生きる力を育むんだなって思ったのでした。
生き生きと、そしてキラキラと生を生きる犬達の姿が増えますように。





posted by カエデ at 15:33| ルビーとの取り組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする