2016年03月25日

繋がっている幸せ

昨日はチャーリードッグスクール・埼玉座学に参加いたしました。

犬を家族に迎えたなら、犬を愛しいと思うなら、犬のことをもっと知って、動物福祉にのっとった生活を与えてあげたい。

でも、知識を得るということよりももっと難しい、”知り得たことに添って自分が変わる”ということ。
しかも知らないこと出来ない事はまだまだ山の様にあって。

でも歩みを止める訳にはいかないので、未熟な自分を応援できるもう一人の自分をつくろう。
確か・・・一番最初にルビーとの関係をやり直したいと思った時もそうだった気がするよ。犬という生きものに対する無知や自分の過ちなど、自分でも嫌だと思う面を目の当たりにして目を背けたくなった。
けれど、そんなことさして耐えがたいことではなかった、もう一人の自分がそれを乗り越えた先にある幸福を見つめていたから。
同じように感じる瞬間は今でも度々訪れます。

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幸せな人が犬のことも幸せにできるのだ・・・と思うようになりました。
本当の幸せって、何もかもを持っていて何でもできることが幸せなのではなく、できなくてもできるように試行錯誤したり、誰かにヘルプを求められたり、辛くても悲しくても少しでも前に進もうと思える、しかも笑顔を忘れずに。そういう姿勢で生きられることが幸せなのだと思うようになりました。
(だから頑張っている人、出来ない事を笑う人は、出来るかできないかだけに注目していていて、これからのその人を応援するという姿勢に欠けていると思います。)

人が人に優しく出来るようになって、その優しさが他の生き物へとどんどん伝播していきますように。
人が犬に優しくできるようになって、その優しさが他の生き物へとどんどん伝播していきますように。
そしてその優しさが命を最期まで温かく見守れる強さを育んでくれますように。
そして私自身もまだまだ精進!なのでした。

1年間続けてきていただいた座学も昨日で最終回でした。夏目先生、毎回遠くからお越しいただきありがとうございました。心から感謝いたします。m(__)m ご一緒して下さったみなさまも有意義な時間をありがとうございました!
終わりのない学び、活動、これからもどうぞよろしくお願い致します。



posted by カエデ at 10:53| Comment(0) | ルビーとの取り組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

私たち、同じものを持ってないかな?

ルビーを迎えて数年経って関係も落ち着いてきて、やっと書物に目を通す^^;余裕も出てきた頃、
犬をもっと知りたい、彼らの世界を少しでも体験できたら・・・。そう思って読んでみた本があります。

犬と人、同じ哺乳類でも自分は人間としての生活、感覚にどっぷり浸かってしまって、何かこう・・・生きものとしての根本的な感覚を忘れてしまっているのではないだろうか、って。それを思い出させてくれそうな気がして、読んでみた本です。


私にとってはトレーニング云々というより、動物にとって何が恐怖で何が心安らぐことなのか、ということが具体的に書かれていて、それがとても面白いなと感じる本でした。

人間が(犬からの)攻撃としてみなしている行動は、実は恐怖や嫌だという感情からくるものかもしれない、だとしたらそれを和らげてあげたり(恐怖を感じるものへのその感じ方を穏やかなものにしていったり)、自分が実はそういうものになっていないか?と自分の行動を顧みる、というところまで発展させられるのではないかなとか、今は考えています。

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犬よりも野性に近い猫様をモデルに。^^;
生垣の奥に怖がりさんな猫様がもう一匹います。

「動物ってそんなことが怖かったの?!」というものから、ところどころ「自分もそういうところあるな〜!」なんて似たような部分に気づいたりもして、哺乳類としての仲間感覚というか嬉しい気持ちになったりする方もいるのでは?その嬉しい気持ちは、彼らがもっと馴染める自分づくりをするのに役立つのではないかな?なんて感じています。興味のある方、ぜひ♪


posted by カエデ at 15:06| Comment(0) | 読みもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

”穏やかな場所づくり”は”穏やかな気持ちづくり”


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ちょっと前になりますが、3/2にチャーリードッグスクールの宇都宮お散歩トレーニングに参加致しました。

4ヶ月のパピーちゃんから推定10歳越えのシニアさん、そしてその中間のワンコさんまでが勢ぞろい♪

普段は色んなことに警戒してパニックになってしまうワンコさんも、ここ(お散歩トレーニングという場)に来ると穏やかに楽しく過ごす事ができるという声を沢山聞きます。

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誰も大声で犬を叱ったりしない、怖い顔で「NO!」って言わない。リードショックでビックリさせて我に返すなんてこともしない。犬語を使ったり犬に穏やかに働きかけつつ介入し、パニックからすくいあげたり勘違いを修正する・・自分も犬も、^^;などを目指しています。そう、人の事も叱りません。自分の行いに集中します。それに、何かが出来たらご褒美をあげるという取り組みがメインではないので、正解を探してワンコさんがいつもソワソワしているということもありません。

また、自分のスペースを大切にする犬達の為に、適度な距離を取る事を飼い主さん同士が意識するから、犬達は彼らなりの方法で会話し始めるし、それが出来るからこそ穏やかでいられるのかなと思います。

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パピーからシニアまで様々な年齢、性格、経験の犬達と飼い主さんが集い、興奮してもやんわりいなされ、ピンとはりつめた空気はすぐに解除され、やわらか〜い吸収力に富んだ雰囲気の中、なんだかほんわかボーっとしてきちゃう・・・。危険だと思っていたけど、実はそんなに危険なものじゃなかった、危険そうだけれどお母さんが笑顔で大丈夫っていうからきっと大丈夫なんだ、って犬達が思えるような、そんな空気がみんなを包みこんで行きます。

いつかこんな場所を地元に作る事ができたらいいなあ。お互いを比べたり責めたりせず、まずは自分が変わりたいと思える。そんな自分を誇りに思え、そんな仲間をみんなで応援する。そういう方々と一緒に歩けないだろうか。
始めてワンコを迎えてどうしていいかわからない、吠えちゃって噛んじゃって、犬のパワーに圧倒されそう・・誰か一緒に歩いてくれる人はいないかな・・・て思ってる方々と、距離をとりつつ穏やかさの対提示をしながら一つのパックになって歩くパックウォーク。

対提示っていうのは刺激と刺激が同時に提示されることです。
例えば、もともと意味のなかった”名前”という刺激と、生得的に良いものである(はずの)”おやつ”という刺激がワンコさんにほぼ同時に提示されると、名前がおやつと同じような良いものに変化していきます。だから、犬達といつも一緒にいる飼い主である私たちは、犬達にとって最高に良いものでありたいですよね。
”飼い主”という刺激と何か他の、例えば嫌だったり怖かったりする刺激が一緒に提示された時に、飼い主である私が怖いものを上回る程の良い存在であれば、犬達は怖いものを克服(またはスルー)していけるはずと思うからです。

対提示に関しては夏目先生のこちらのブログ記事をリンクさせて頂きます。ぜひ読んでみてくださいね。


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考えてみれば、生きている間は対呈示の連続。
勿論それは、犬達の前にいる私達の存在が、常に何かに対提示されているということでもあって。
だからいつでもどんな時でも、どんなネガティブなものも凌駕するくらい良いもので私たち人間はあり続けたいと思います。犬達を幸せにしたいから。(猫も同じですけど。(*ΦωΦ))

だけどすぐにそう慣れる訳がない。それは体験的に痛いほどわかっている私です。本当に痛い。笑っちゃうほど痛い。^^;

でも。

犬がどんなことを怖い、嫌だと思っていて、どんなことを好ましく感じるか、犬ってどんな能力を持っているのか、どう人間と違うのか、知れば知る程今まで自分のしてきた勘違いがバカらしくなるけれど、^^;それと同時に犬達のことはどんどん愛しくなるよ。
そして感情豊かな彼らの中にあるもの、それは犬に限ったことじゃない、命だったらみんなそう・・って、心から思える幸せな瞬間が必ず来ると信じています。例え理想の自分になれていなくても、そこへ続く道のりの中で沢山のことが語りかけてくる。
”人は犬と共に進化してきた”とも言われます。その犬とヒトとの尊い歴史をしっかりと引き継げる人間になりたい。そんな事を私は思っています。

posted by カエデ at 16:02| Comment(0) | パックウォーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする