2016年06月18日

「ドッグトレーニングとトレーナーに望むこと」犬の学校に参加して

昨日は、チャーリードッグスクール”犬の学校”に参加致しました。

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終了後、れあれあさんで頂いたパンケーキ♪

「ドッグトレーニングとトレーナーに望むこと」
というテーマで、先生を始め、参加されたみなさんの色んな意見を伺いました。

犬に優しい方法をとりたいと思う方々の中にいると、世の中やっとそういう方向に進み始めたのかなと錯覚しそうになるけれど、実はまだまだそうではない現状がありますね。

動物愛護推進員をしていても、”命は大切”とは言いつつも、動物福祉の細かい部分まで考えている人は少ないんだなという印象が強いです。
でも命が大切と考えるなら、動物の福祉まで考えて、そしてそれと深い関わりのある『犬の欲求階層』(犬の場合)まで考える必要があると思います。そしてその欲求階層の中でも一番大切な”生命の安全”が満たされているか、それも体の安全だけでなく心の安全(犬自身が安心感を感じられるか)を考えないわけにはいかないはずだと思っています。

犬達は飼い主と一緒に暮らしているので、飼い主さんもある意味満たされて、幸せである必要がある訳で。
だからこそ、飼い主さんが
「自分はあの子にあんなことをしてしまった」とか
「寂しかっただろうに、心細かっただろうに」など、
犬を想って悲しくなるようなものを"良いもの"として人に紹介してはいけないのではないかと思っています。

また、飼い主(人)が幸せであることが大切だけれど、人間側だけが一方的に楽しければいいというものではなく、そこから一歩進んで、自分の好きな動物が幸せになる為なら自分が変わる事は厭わない、そしてそういう自分である事が幸せ、と感じられる事が大切なんだと思うようになりました。これは私自身、常々確認しながら生きています。(というか、確認せざる負えない状況に陥るので。^^;)

人も犬も、今できる最善のこと(それが最終目標からは程遠いものでも)を「大丈夫、その調子」って応援され励まされ続けることでその時々を乗り越え、より良い方向へ段々と導かれるんだなあ・・・と。これは実際にそういうことを目の当たりにしたり自分が体験したりしてきていることなので、そんな大らかな姿勢がもっと大切にされるといいなと思いますし、この姿勢は生きやすさに通じると思います。

相手を過剰に矯正したりコントロールしようとすることは、結局は相手を委縮させたり心の幅を狭めたりすることになると感じていて、それは犬も同じで彼らからすると虐められてるって感じることがあるかもしれません。

ただ、生きものって未熟だとどうしても弱いものに対してそうなりがちだと思うのです。
でも、犬のことを動物福祉に則って勉強していくうちに、弱い立場の命を悲しませたり虐めたりするのっておかしいしよね、自分も苦しいよね、でもそういうものと決別することで自分も苦しみから解放されるよね、ということに気づかされます。
これって犬だけでなく人間にも言える事で、自分が弱くなった時、自分を取り巻く社会が優しくありますように、と願うのは誰でも一緒だと思います。
では今の自分がどうあるべきなのか。
これからどうなって行きたいのか。
犬を想いつつ人としての在り方を考えた一日でした。

posted by カエデ at 01:33| Comment(0) | セミナー・講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする