2016年10月30日

音楽の様な人

こんにちは。
先日、茂木健一郎さんのこの記事を読んでいて、ああ、私も街を歩いていて、突然耳に入ってきた音楽に心奪われたことあったなあって、若い頃のことを思い出しました。同じような経験のある方も沢山いらっしゃると思います。

私が思春期の頃・・・思春期だけじゃないですね、小さい頃から嫌なこと怖いことが人より多くて色々難あり^^;な日々を送っていました。
超人見知りだった幼少期は、母と買い物に行く時に母の靴の音をターゲットに歩いていたのも覚えています。大人の靴ってコツコツいい音がするんだなって、そのいい音に集中していれば”人に行き会うかも”っていう不安も和らいだような気がします。
大嫌いな^^;小学校へ行く朝は、大好きなレコード(昭和だな〜〜。)の大好きな箇所をリピート聞きして嬉しい気持ちで自分を満たしてから登校してました。

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高校生くらいの時は酷く厭世的になってけど、でも茂木さんのお話しにでてくるシーンみたいに、ふと立ち寄ったお店で大好きな曲、または私の好みの音楽が流れてくると一気に幸福感で胸がいっぱいになった・・・。ここはやっぱり美しい世界なんだなって思えたりして。

辛抱させるとき(抑制)は好子で、と教えて頂いた時、上記のことを思い出したんですね。


犬達のネガティブな感情を鎮める為の好子。
(好子って、好きなもの、という意味です。)

犬達の毎日が嬉しいもので満たされて幸福であることを願って沢山用意したい好子でもあるけれど、同時に
ネガティブな感情に駆り立てられた行動を抑制する為の好子でもあるから、沢山の好子を用意してあげたい。小さい頃の私が大好きな音楽や音を頼りに毎日を送っていたように、拠り所ができるってことですもんね。それに抑制できることもまた幸福のひとつなんじゃないかなって思うから。

今はどちらかというとこれをチニタと取り組み中です。
ルビーがご飯前に嬉しくてハチャハチャしていると、(と言っても止めなきゃいけないほどの興奮ではないですが)チニタが「イラッ!」としてルビーをかぶりつこう^^;しようとするのです。
この「イラッ!」を鎮めていけないかな〜と。
”かぶりつこうとする行動を”じゃなくて、”「イラッ!」を鎮める”というところに重点を置いているのが私的にポイントです。「イラッ!」に働きかけた結果、行動がなくなるという現象がついてくる、ということ。
あとは、ルビーが診察台の上で不安な時、私を見ていれば不安がまぎれたらいいなとか。

何をおいてもその人の事を見ていれば安心できる、その人の声や匂いを嗅げばなんだかホワンとして幸せになったりその人の意に沿いたいって思えたら、犬(や猫)もそう思ってもらえる人も、両方が幸せなんじゃないかな。



posted by カエデ at 12:00| Comment(0) | 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする