2017年04月13日

犬達の社会化期

こんばんは。
ルビーの若い頃の写真を見ていたら、先代猫のフーラと一緒にいる写真を見つけました。フーラは病弱で大人しい女の子で、ルビ子はこうやっていつも世話を焼いていました。ルビーが我が家に来て1年3ヶ月、フーラは丁度1年くらいの写真かな。
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ルビーが私の元に来たのは推定3歳くらいの時で(その頃は推定7歳と言われていましたが、まさかそれはないだろうと。^^;)、だから彼女の子犬時代、そして社会化期がどんなだったかは私は知るよしもないのですが、どんな風だったのかなあ見て見たかったなあと思うほど、我が家に来た頃から彼女はとても落ち着いた犬でした。

落ち着いた犬・・・だったけれど、勿論当初の私はそんなことに気づく余裕もなく、留守番時の吠えや部屋中に粗相をすることで困っていたのですが、それが全て色々やり過ぎていた私自身(失敗させておいて叱ったり、あれこれ干渉し過ぎたり)が原因だと知って、あれは彼女にとって、というより犬としてそして生きものとして当たり前の行動だったということに思い至り、今はもはやあれが問題行動だったとは私の中では思えないのです。

犬たちにとって大切な社会化期。
ペットショップからきた犬達は、恵まれた環境で社会化期を過ごすということが難しいですよね。流通に乗せる為に早い時期から母犬や兄弟犬から離されてしまうから。犬同士の関わり方を学んだり、悪戯を母犬にたしなめられることもせず、またブリーダーの元で人に十分社会化されないまま新しい家族のもとに来た子犬達は、私達飼い主からそれらを教わる必要があるのだと思います。
だから、私達は犬を勉強して、彼らが当たり前に経験すべきだったけれどもそうできなかったことを与えてあげる必要があるのですよね。(本当はブリーダーの元でそれらを経験できる環境を、この日本に整えてあげる方がずっと犬達も私達飼い主も平和に暮らせると思いますが。)

人間は自分を虐めたり脅かしたりする存在ではないこと。
その人間(と自分)が住む世界もそんなに嫌なものではないということ。
お散歩で会う他の犬も、そんなに大騒ぎする存在ではないこと。
大騒ぎにならない為にも犬同士の本来の関わりあい方(相手のスペースを尊重するとか、近くに寄ってしつこく匂いを嗅がなくても遠隔でシグナルで会話すれば満足できるとか)、などなど。
あ、あとは弱い者いじめや俺様的振る舞いはしちゃいけないこととか。^^;(抑制ですよね。)

犬たちが知ったら穏やかに暮らせるだろうなあと思うあれこれは、ほおっておけば彼らが勝手に学ぶというものばかりでなく、私達飼い主がそうだと示してあげる必要があると思います。

だから私達が犬を学ぼう。
特にこの日本で暮らす犬達との接し方を学ぼう。

ということで、こちらの本をご紹介します♪


日本の犬達の置かれた現状と、彼らの一生続く社会化の為に、私たちが犬達の前でどうふるまったらいいのかなどのヒントが沢山ちりばめられている本です。



子犬の社会化期やスウェーデンのブリーディング事情など、日本の犬には実現でき(てい)ない大切な事柄が沢山載っています。


知る事できっと気持ちが楽になり、力を抜いて犬育てに向かう事ができるようになると思いますよ♪


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posted by カエデ at 18:00| Comment(0) | 社会化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月12日

ポジティブスイッチ

こんばんは。今日は暖かでしたね。突然暖かくなるとこれはこれでなんだかしんどいなという気もしますが。^^;

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足元でゴロンゴロン♪


先日、ルビーの健康診断の為に獣医さんの所に行ってきました。最初の頃は平気だった待合室も、一昨年あたりからちょっと苦手が出てきたりしています。

嫌いになったのは、ここに来たら嫌なことをされた、痛かった、などの体験をしたからとか、あとは多分いろんな犬(猫も^^;)のストレス臭が残っていたりとか、人間にはわからない色々も感じ取ってのことなのかなと思いますが、先日も待合室に入ってからずっとルビーは震えてしいました。

混んでいたので一旦外に出てちょろっとお散歩して気分転換。
病院の周りを歩いて、近くの空き地でハンドターゲットを追わせて鼻タッチでおやつをしたりして遊んで、また待合室に戻りました。
さっきよりは落ち着けるようになって、待合室の片隅のほんの狭いスペースでおやつを床に落としてノーズワークに誘って、徐々に緊張が解けて行ったようでした。お会計を済ませて帰る他のワンコさんにシグナルも出せるようになって。相手のワンコさんも上手に横向きシグナルや床の匂い嗅ぎのシグナルを出して応えてくれて、そうなってくると益々落ち着けたようです。その時は短いリードでしたが、ルビーのボディランゲージを邪魔しないようにということにも気を使いました。

診察台の上で、足から採血をされる時、大きな定位反応(触られた足の方を見る。)がでました。後脚はもともと良い状態ではなかったし腰も悪くしているので痛かったのかなと思います。大きな定位反応でしたが、それでも途中で自制するような表情が垣間見られて健気だなあ・・と。
そんな時かけてあげる言葉は
「コラ!」
ではなく
「大丈夫」
でありたいなと思います。(だってルビーとしては正しい反応(痛いから)ですもんね。)


気を付けたいことは、この「大丈夫」という言葉が、ちゃんと「大丈夫」を連想させる言葉であるようにしておいてあげたいということです。
その為にも「大丈夫」という言葉を普段本当に大丈夫な時に沢山かけてあげて、【本犬が大丈夫な状態】と【大丈夫という言葉】を関連付けてあげたいですよね。そうすれば【大丈夫】って言われたらいつもの【大丈夫な状態】にフッと戻ることができますもんね。

怖かった、痛かった、ドキドキした、落ち着かない。
そういう時に犬の気持ちをポジティブに切り替えてあげる言葉やものを沢山作ってあげたいですね。その為にも上記の【大丈夫という言葉】の様に、”犬がもともと好きなもの”と”良い印象にしたいもの”を一緒に提示したり(例えば我が家は”ご飯”を上げる時にいつも”名前”や”いい子だね”と話しかけています。おやつあげながら”大丈夫”もありですよね。)、何より自分自身が良いものであり続ける努力も必要ですし(その為にも叱らない)、そして普段から犬がビクビクしない環境を提供してあげたい(いつもビクビクしていたら、その環境にあるもの全てがそのネガティブな印象と結びついてしまうかもしれませんもんね。)

あ、そういえば、病院でルビーのネガティブスイッチを切ってポジティブにしてくれたのは、ノーズワークやる直前に耳元でささやいた
「ルビー、ゲームする?」
って言葉だったかもしれません。
これって家で必ず何か楽しいことをする時に掛けてあげている言葉なのです♪
ポジティブスイッチの入る言葉、もの、沢山用意してあげたいですね。



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posted by カエデ at 18:03| Comment(0) | 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

自分ではないひとつの命

こんばんは。
今朝、やっと晴れ間が見えた埼玉ですが、明日にかけまた気圧が下がって雨になりそうですね。
気圧や天候に左右されやすいワンコさんニャンコさん、飼い主さん、お気を付けください。私は今日もペットボトル温灸です。気温が高くなってくるとつい油断して身体冷やしちゃいそうなので気を付けたいところです。

ルビーも推定12歳になって(あと2ヶ月で13歳です。)、去年の春くらいから少しずつ歩く距離も短くなって、そして秋にヘルニアをやって大分良くはなったけれどもやっぱり歩く距離はさらに短くなりました。
色々思い起こせばあれに気づいてあげられなかったかな、あれも悪かったかなこれも悪かったかな、みたいなことになりがちですが、同じ過ちは繰り返さないようにはしたいですが、後悔の溝にはまりこんで上がって来られない、ということは絶対にしないぞと心に誓っている自分がいます。だってそれやっちゃったら一番迷惑こうむるのがルビー本犬だと思うので。

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近所の公園のショカッサイ

自分の犬となるとどうしても近視眼的になってしまったり、自分の気持ちを投影してしまったり、境界線乗り越えて支配的になってしまったり、人から犬について何か言われると自分が責められた気持ちになったり、しがちなのだなあということが経験的にわかるようになりました。
時が経ってやっと気づけるようになったのです。

ルビーを迎えた時に”不安そうにこちらを見てる・・・”って思ってたけど、不安だったのは私だったのだな、とか!^^;

犬が寄ってくるとプイッと背を向けて反対方向に歩きだすのは、ルビーは犬が怖いからなんだな・・と思っていたけど、
怖かったのではなく礼儀正しい犬語を話していただけだったんだな、とか!^^;
(その裏に、プレイバウとか追っかけっことかして他の犬と明るく遊んでほしいという身勝手な気持ちが隠れていたのだな!とか。^^;)

あんな風にプイッと立ち去らないでもっと他の犬と仲良くできたらいいのに・・・なんて思っていたけれど、ルビーはもうすでに相手の犬と犬語で挨拶して、つまり会話成立していんだな、(だから人目線で仲良く見えるようなものを求めるのは違うよね)とかとか!^^;

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犬がお互いどんな風に会話しているかとか、人には分り得ない能力で時間や相手や空間を知ったり判断したりしているのだとか、
そういうことを知って行くうちに、ルビーは”私の犬”というより”ルビーという一匹の犬なんだ”という感覚が強くなっていきました。
所有物みたいに扱われるのが大嫌いな自分が、逆にそれをしていたのかと思うとゾッとしましたけど、だからそれをやめたいと思いました。

彼女は彼女の生を生きているんですよね。

自分の犬として迎えたけれど、自分ではないひとつの命。
それも全く種の違う命・・・
なんですよね。





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