2017年04月10日

自分ではないひとつの命

こんばんは。
今朝、やっと晴れ間が見えた埼玉ですが、明日にかけまた気圧が下がって雨になりそうですね。
気圧や天候に左右されやすいワンコさんニャンコさん、飼い主さん、お気を付けください。私は今日もペットボトル温灸です。気温が高くなってくるとつい油断して身体冷やしちゃいそうなので気を付けたいところです。

ルビーも推定12歳になって(あと2ヶ月で13歳です。)、去年の春くらいから少しずつ歩く距離も短くなって、そして秋にヘルニアをやって大分良くはなったけれどもやっぱり歩く距離はさらに短くなりました。
色々思い起こせばあれに気づいてあげられなかったかな、あれも悪かったかなこれも悪かったかな、みたいなことになりがちですが、同じ過ちは繰り返さないようにはしたいですが、後悔の溝にはまりこんで上がって来られない、ということは絶対にしないぞと心に誓っている自分がいます。だってそれやっちゃったら一番迷惑こうむるのがルビー本犬だと思うので。

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近所の公園のショカッサイ

自分の犬となるとどうしても近視眼的になってしまったり、自分の気持ちを投影してしまったり、境界線乗り越えて支配的になってしまったり、人から犬について何か言われると自分が責められた気持ちになったり、しがちなのだなあということが経験的にわかるようになりました。
時が経ってやっと気づけるようになったのです。

ルビーを迎えた時に”不安そうにこちらを見てる・・・”って思ってたけど、不安だったのは私だったのだな、とか!^^;

犬が寄ってくるとプイッと背を向けて反対方向に歩きだすのは、ルビーは犬が怖いからなんだな・・と思っていたけど、
怖かったのではなく礼儀正しい犬語を話していただけだったんだな、とか!^^;
(その裏に、プレイバウとか追っかけっことかして他の犬と明るく遊んでほしいという身勝手な気持ちが隠れていたのだな!とか。^^;)

あんな風にプイッと立ち去らないでもっと他の犬と仲良くできたらいいのに・・・なんて思っていたけれど、ルビーはもうすでに相手の犬と犬語で挨拶して、つまり会話成立していんだな、(だから人目線で仲良く見えるようなものを求めるのは違うよね)とかとか!^^;

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犬がお互いどんな風に会話しているかとか、人には分り得ない能力で時間や相手や空間を知ったり判断したりしているのだとか、
そういうことを知って行くうちに、ルビーは”私の犬”というより”ルビーという一匹の犬なんだ”という感覚が強くなっていきました。
所有物みたいに扱われるのが大嫌いな自分が、逆にそれをしていたのかと思うとゾッとしましたけど、だからそれをやめたいと思いました。

彼女は彼女の生を生きているんですよね。

自分の犬として迎えたけれど、自分ではないひとつの命。
それも全く種の違う命・・・
なんですよね。





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posted by カエデ at 18:40| Comment(0) | はじめに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする