2018年01月12日

犬のしつけと言うけれど

おはようございます。
今朝はかなり冷えましたね。ベランダの蛇口から出てくる水が恐ろしいくらい冷たくて手の感覚がなくなりましたよ。^^;日中も予想最高気温6℃とか。恐ろしい。^^;

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昨日のお散歩風景。公園の周りを中学生?高校生?がジョギングしてました。がんばれ〜!

昨日書いた”心の中の安心の場所”について考えていました。
犬(や猫)達との生活においてどうやってそれを作る事ができるのか。

私たちは犬と暮らし始めるとき、何を用意したら良いのかどういう心構えで犬を迎えればいいか、考えたり悩んだり調べたりします。
私が犬を迎えようと思ったとき、いくつかの保護団体さんを訪ねましたが、そういった場所でも心構え的なことを伺うチャンスがありました。
犬を迎えてお散歩をし始めればそこで行き会った人からも様々なアドバイスをもらう機会があったりします。
でもそこで得られる情報が正しいかどうかは分からないものだったりしますね。そして情報をくれる人もそれが良いと信じているから教えてくれるのだと思います。

犬と私たち人間は種が違うので生活様式もコミュニケーションの取り方も違います。もちろん人間の言語は犬には通じません。
新しい家庭に迎えられた犬達の状況を説明する例としてよく使われるのが「もし自分が知らない国や星に連れてこられたら?」を想像してみることだと思います。
想像してみて、例えばそこで「すみませーん!」と誰かを呼びとめて道を尋ねようとしたとして、そのときいきなり大声で怒鳴られたり、殴られたりしたら・・・?
怖くて気持ちが動転しますよね。わたしだったらそうです。そして次その人が近づいてきたら自分の身を守る為に戦おうとさえすると思います。身を守る為に戦おうとする私はいけないでしょうか。

上記は”教育やしつけの為には叱らないと”、と私たちは犬達にこういう理不尽なことをしていないかな?というお話し・・・。

まだまだ幼い子犬を押さえつけて、敏感なマズルをギュッと掴んで我慢させようとしたりひっくり返したりというのは、決して母犬の様にしつけてることにはならないというのを知りました。母犬がする教育行動を人間目線で理解して真似しても、犬の様にはできない私たちなのだと思います。
また、子犬ではなく成犬でも、それまで叱られてきたことによる警戒心からの吠えや咬みを更に叱ったりして、時には力でねじ伏せようとして犬壊してしまったり悲しませたりしていないかということをいつでも見極められる自分でありたいです。

だから、そんな悲しい思いをさせたくないから、叱りたくなるようなシチュエーションを作らないように、失敗を未然に防げるように、まずは環境を整えることが大切なんだなというのが、”叱らない”ということの中のひとつの意味になるのかなと思っています。
”犬を悲しませない”ことは、”心の中の安心の場所”づくりの一つだと思います。

こんなことを考えていると、犬という命を迎えたことで私は沢山の経験をさせてもらっているんだな、良いもの沢山もらっているなと感じます。だから、そんな沢山の意味のある出来事の中で訪れるほんの小さな(とは感じないかもしれないけれど^^;)嫌な出来事、、、例えば自分を省みる事や自分を抑制すること(私はこれを犬からもらった二つの”じせい”=自省、自制と呼んでいます。^^;)、それに耐える強さが求められているのかな・・・。
何か辛い事、キツイなと感じることがあった時、私はいつもそれを思います。犬(や猫)の前ではいつも安定した自分でいたいなと思っているから。
皆さんにとっても犬達がそんな存在でありますように。

ということで、今日ももうお昼になしました。実はPCがネットに繋がらなくなっちゃってアワアワしてたのですね。^^;
寒い一日になりそうですが、みなさま風邪ひかないようお気を付けくださいね。


応援よろしくお願いします♪
posted by カエデ at 12:02| Comment(0) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする