2018年01月20日

適当なところで収める

こんにちは。今日は二十四節気でいうと大寒。ルビーとの公園散歩、どうするかな。日向を選べば行けるかな?

公園に来るとホッとする。きっと土や木や植物がそうさせる。こういうのを自然と呼ぶのかもしれないけれど、多くの人が知っている様に公園の自然は人の手が入った自然であって、全く人の手の入らない大自然(野生)とは違う。
養老孟司さんの「手入れという思想」という本に、
”野生に人間が手を施してなんとか適当なところで収めることを【手入れ】というのではないだろうか。”
ということが書いてあって時々それを思い出します。
人間が手を入れながら作ってきた場所はどんどん都市化して、そういうった人工的なものは「ああすればこうなる」という世界。でも、自然は「どうなるかわからないもの」。だから育てる(=手入れをする)のであって、わからないからこそ面白いのだと。

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ベランダのツタバウンラン♪

公園もそうだけれど、庭も手入れをしないと雑草だらけになって荒れてきますよね。
幼い頃、庭の雑草抜きをしていた父が、母が咲くのを楽しみにしていた山野草を抜いてしまって険悪なムードが漂う、^^;というのを何度か目撃してきました。
習性としては(笑)父=片付ける人、母=色々とっておく人。^^;
どちらも悪いことではないはずなので「丁度いいって難しいんだな!」って思った。

一人の人の中でも”丁度良い”ってきっととっても難しくて、だからあっちに重心かけては戻り、こっちに傾いてはまた戻りしながらいい塩梅のところ(なんとか収まるところ)を探すんだろうなあ。
この本の中に、人間の子供もも放っておいたら大変なことになるけれど、育てる(=手入れをする)からなんとかなるところで収まる、だから子育ても手入れだって書いてあるんですけど、じゃあ犬育ても手入れだなって思ったのでした。
命を育てるってことはみんな手入れなんだなって。そして一番自分の近くにある命は自分自身だ。だから他の命の面倒をみているつもりでいてもその過程で自分も手入れされていくんだろうな・・・。
そんなことを思う土曜日の昼下がりでした。
残り半日。みなさまも良い時間をお過ごし下さい♪



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posted by カエデ at 13:28| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする