2018年07月02日

見ていれば安心

こんばんは。

​最近のルビ子さん。眠くても、眠りにすっかり落ちてしまうまでは時々ムクッと頭をあげて周りを見渡して、私が視界に入るとホッとしたように眠る、という感じになりました。

寝入りばな、じーっとこちらを見ていることが多いのですが、犬にジッと見つめられることに不慣れだった過去の自分をふと思い出します。

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"犬はオオカミの子孫だから、オオカミの群れと同じように人の家族との間にもヒエラルキーを作る。そして、人間の家族のなかでいつも自分が一番上に位置する為に咬んだり吠えたり(力で押さえつけようと)するのだ。"

こういった誤った情報が広まって、そしてこの理論が根底にあるからこそいつしか、私達は犬を前にして不安になったり、その不安を持ったままインターネット検索をして^^;、そしてまたそこで得た方法(自分の不安をぬぐってくれる方法=犬にとって良いかはわからないもの)で彼らに対してしまうのかもしれません。私たちも”嫌なものからは逃れたい”と感じるのは自然なことなので、当然の結果なのかもしれません。

また、なんと言ってもこの理論、犬を飼ったことのない実家の母も知ってるくらいだから、ほんとうに根深いのですよね。だからこそ、新しい情報を取りに行く事の大切さを感じます。


犬をベッドに上げてはいけない(目線が高くなるから=自分の方が上だと思うから)というのは流石に最近は少なくなってきたでしょうか。
人間が上であることを教えるために、母犬が仔犬にするように、マズルを掴んで左右上下に無理やり動かす(マズルコントロール)、なども、間違ったオオカミの理論から導き出された方法なのではないかと思います。犬の行動学的な要素が入り混じって、これも信じてしまいやすいのかもしれません。

"犬=オオカミ子孫だからオオカミの群れ理論(支配性理論)が当てはまる=犬は人間との間にもヒエラルキーを作る"
という考え方は今は科学的に間違いであると言われていますが、これと似たような考え方は犬の世界だけでなく人間同士の関係の中でも至るところに潜んでいて、だから当たり前のようにその考えの中で生きてきた(生きてこざるを得なかった)とすれば、これらをすっかり捨て去ることは本当に難しいことなんだなと感じます。なぜなら、そういうものは自分では気づかないところにあるからです。

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ルビーを迎えた頃の私は、新しい環境に連れてこられた彼女が、不安を少しでも解消する為にすがるものを求めて私をじーっと見つめてきたのを居心地悪く感じていました。
見張られてる…と感じたのかもしれません。彼女の不安を受け止めきれないほど未熟だった、とも言えるかもしれません。

でも今は

「見ていれば安心なのだろう」

と思える。

そう思えるようになると

「見ていれば安心と思ってもらえる存在になりたい。そう振る舞える様になりたい」

というように、どんどん"自分が良くありたい"と思えるようになるんですよね。

動物が好きだから、犬が好きだから、その犬を幸せにしたいと迎えたのだから

”彼らに安心を、幸せを与えたい”と思うのは当たり前のことのように思うのに、すぐにはそこにたどり着けないような現実がそこにはありました。

もしかすると、まだまだ私の中にはそれを体現するまでに気づくべきことがあるかもしれません。上で書いたように、そういうものは自分では気づかないところに隠れている場合が多いからです。


でもだからこそ”犬ってどういう動物なのか”を学ぶのですよね。・・この先もずっと続くけれど、学んで来てよかったなあと思います。種の違う生きものを引き受けるのだからここを学べば、どうしたら彼らが幸せなのかということへのヒントはこの中にあるよねって。そして、そこでも全てがわかっている訳ではないので、わからないからこそ思いやりをもって接する、ということが大切なんだなと思っています。


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さて、今日は早く寝て明日のW杯観戦に備えている方も多いのかな?選手のみなさん、力を出し切れますように!



応援よろしくお願いします♪
posted by カエデ at 23:48| Comment(0) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする