2019年04月19日

犬の学びは人の学び

こんばんは。

明日は再び、こちらのセミナーへ。



”超実践的”が肝のこちらのセミナー。きっと受講されたことのある方は、基礎の大切さを実感されたのではないでしょうか。私もその一人です。

犬は人間の言語を使わない分、私たちの様子や動きを観察して様々なことを理解しようとしているようです。

だから彼らにわかりやすい動作ができるようになると、一段とコミュニケーションがとりやすくなるのではないでしょうか。


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洗練された動きはネコにもわかりやすいです。by チニタ


犬は人間の言いたいことを察してくれる動物だと感じていますが、そこに甘えているだけでなくもっと彼ら側に歩み寄りたいと思っている人は思いのほか沢山いるのかもしれません。明日もそんな方々と、学びをご一緒してきますよ〜!

今回ご一緒でいない方も、夏のお散歩トレーニングができない期間、セミナーなどでお会いできると嬉しいなと思います。楽しく犬を、そして彼らをとりまく環境(人間も含む)について学び合えたら嬉しいです。


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2019年04月18日

犬を迎えて変わるもの

ルビーが旅立ってちょうど一週間が経ちました。
いなくなってみると、どれだけ自分が犬仕様の体質^^;(というか生活パターン)になっていたかを思い知りますね。
外出していても自然と”お散歩行くから早めに帰らなくちゃ”と思っていたり、買い物すればルビー用の肉を買っていたコーナーに足が向いたりして、
「あ、そうだ。もういいんだ」
って。^^;


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タンポポ、ハルジオン、カラスノエンドウ、ナガミヒナゲシ♪ ルビ子のために姉が摘んできた花たち♪

そしてふと、彼女を迎えた当初の自分を思い出します。

彼女を迎えた当初は、これとは逆のことが自分に起きていたなって、思うのです。

朝と夕の犬とのお散歩が一日のルーティーンに加わるだけで自分の生活がこんなに変わるのか・・と最初は戸惑ったりしていました。


そうです。犬を迎えたら自分の生活パターンや行動を変える必要があるのですよね。
わかって迎えたつもりでも、いざそれをやり始めると
「こういうことなのか!(結構大変!^^;)」
と改めて感じたりして。

あの頃…まだ留守番中の吠えに悩んだり、お散歩の楽しみ方がわからなかったりしていた頃…ルビーをいつか見送る日が来た時、自分はちゃんと彼女の家族になれているだろうか?なんてことを考えながら、夕焼け空を一緒にトボトボ歩いていたこともありました。

あの頃の私を支えてくれたのは犬の学びです。
”命はマニュアルで育てるのではない”と、ムツゴロウ先生も様々な本の中でおっしゃっている通り、”こうすればこうなる”という方法を当てはめるようなものではなく、
犬がどういう動物なのか?そしてその犬の前で自分はどうあるべきか?(=落ち着いた自分でありたいということ。)を自分で考えて選択して、それを体現できるように学び続ける、ということをしていくうちに、いつの間にか犬との暮らしが当たり前になっていたのでした。

だから今犬と家族になるべく頑張っている人、学び続ける人(私もその一人です!)を応援したいです。そして、応援し支えられる自分であるよう、まだまだ自分育てが続きます。



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2019年04月17日

愛護つれづれ

愛護=愛し護る事。
だから、動物愛護=動物を愛し護ること。

動物が好きで護りたいと思ったら、彼ら自身が幸せであるかどうかが気にならない人はいないのではと思います。
すると必ず”動物福祉(アニマルウェルフェア)”という考えに行きつくのではないでしょうか。動物福祉とは、”動物の身体的、心理的な幸福の状態”(※1)のことを指します。
動物福祉を考える上でその基本的な枠組みを知る必要があると思いますが、その一つにブランベルの「5つの自由(5 freedom)」があります。
有名なので、動物愛護活動に携わる方だけでなくてもご存知の方も多いかもしれませんね。(ご存知ない方は調べてみてくださいね!)

この「5つの自由」を読んで、
「そうそうその通り。動物たちにはこれらのことを保障してあげたいのよ」
と思っても、実際自分が目の前の動物にそれを提供できているか?というところまで細かく考えてみる機会はあまりないのかもしれません。

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例えば「5つの自由(5 freedom)」の中の”自然な行動を発現する自由”(※2)を考えてみたとき、人間社会の中で暮らす伴侶動物たちは、人側の都合に合わせられすぎていないだろうか?と感じることがあります。
例えば犬だったら「排泄は家の中で済ませてお散歩ではさせないようにしましょう」というのは、”排泄の匂いからお互いの情報を得ている社会的な動物である犬”からしてみたらとても不自然なことであり、心理的な幸福が満たされるとは考えにくい気がします。(排泄は、してはいけないところではさせないようにすればOKではないでしょうか。もちろんウンチは持ち帰ります。)

また、家の中で叩かれたり叱られたりして追い詰められたり、突然ガシャ缶が鳴ったりしてビックリさせられたり、という暮らしには、”恐怖と苦悩からの自由”(※2)が保障されていると言えるのだろうか?などなど、細かく考えると色々と思い当たる節があったりします。

犬が犬らしい行動ができなかったり、恐怖にさらされたりすることは彼らの生きづらさに繋がり、その生きづらさは問題行動(とヒトが呼ぶもの。)に繋がるかもしれません。つまり、犬が犬らしい行動ができないことは、犬と人間双方にとっても暮らしづらさに繋がる可能性があるのではないでしょうか。

* * * * * * 

愛護の世界にいると”適正飼養”という言葉をよく耳にします。適正というからにはこの言葉の中にも(お互いの暮らしやすさに繋がるであろう)「動物福祉」の視点が盛り込まれるといいなあと感じていますし、この視点を実際の暮らしと照らし合わせで具体的に考え改善することが、彼らを愛し護りたいと思っている人にできることなのではないかなと感じています。


[※1『行動生物学辞典』p.387 を参考にしました。]
[※2、※3『行動生物学辞典』p.23を参考にしました。]



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posted by カエデ at 23:50| Comment(0) | 動物愛護・福祉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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