2016年02月18日

大好きな存在として生を支える

前々回の記事の最後に、私はこんなことを書きました。

「私たち、色々逆なのかもしれません。
”あれがカッコイイからあれを目指そう”、じゃなくて、
(本当の意味で)犬に好かれ(ようと努力する)人と犬との関係性が見せる様々な現象が”カッコイイ”っていうんじゃないかなと、今は思っています。」

じゃあ、犬に好かれる人ってどんな人だろ?

それで思い出したことがあるんです。

ルビーを迎えた当初、私はルビーが他の犬を怖がっていると感じていたのでした。
だってルビーったら、お散歩で他の犬が近づいてくると、私や近くにいる友人の後ろに隠れたりしていたんです。
隠れる・・・。
私にはそう見えたんですね。

でも犬って自分と他の犬との距離感をとっても大切にする動物で、他の犬のスペース(犬によって様々だそうです)に滅多やたらと入っていくのは失礼なのだそうです。
ルビーが私の後ろに隠れたのは、自分の居心地の良いスペースを守る為、近づいてくる犬との距離をとった・・・だけだったのかもしれません。
「あっちへ行け!」と吠えるでもなく(これはこれで正しい要求ではあると思いますが)、とても礼儀正しい、犬として当たり前の、落ち着いた行動だったのだと思います。後からこれを知った私の驚きと言ったら。驚きというか・・・自分の勘違いの激しさにずっこけました。^^;

もしここで私が
「ほら、〇〇ちゃんに挨拶しなさい」
なんて、リードでグイーーっとルビーを相手犬さんの方に無理やり引っ張っていたら・・・?
私はルビーから大好きな人認定貰えないだろうなと思います。

「犬の心にまっしぐら」(アンジェロ・ヴァイラ著)から引用いたします。



” 生まれたばかりの子犬の場合はオキシトシンやエンドルフィンを循環されるのが母親との触れ合いだが、そのあと同じことをするのは里親(二義的愛着人物)との触れ合いであるだろう。これは里親が、社会的やり取りや犬の欲求を察知することにおいて十分に有能である場合に限られる。
 今日では、愛着理論は科学的レベルでもきわめて信頼できる理論のひとつになっている。愛着の持つ役割は、安心感を与え、生きて経験を重ねていく上で個々のものを支えていくことである。” 
(p.285〜p.286)
   ※エンドルフィンとオキシトシンは、どちらも幸福感や快楽に関連する神経伝達物質の一種でです。


”社会的やり取りや犬の欲求を察知すること”って、上に書いた様な事も入るんじゃないかなあと思って。
犬達の表現方法の一つである吠えや噛みを、体罰や高圧的な態度で叱って止めさせようとしたり、○○したらご褒美を上げる、というような取引きみたいなことで犬達をイラつかせたり、力を誇示する為にホールドスチールやマズルコントロールを無理やりやって犬をいじめることだけが犬との齟齬を生む出すんじゃないんですよね。

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犬の言葉を知って欲求に応えることができたら、もっともっと犬から
「この人話のわかる人だわ〜」
って思ってもらえて、しかもその安心感が犬達の生きる力を育むんだなって思ったのでした。
生き生きと、そしてキラキラと生を生きる犬達の姿が増えますように。





posted by カエデ at 15:33| ルビーとの取り組み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする