2018年06月22日

”好き”の威力

こんばんは。
今日は近所の親戚の猫の病院付きそいなどでバタバタしていました。もうかなりの高齢で甲状腺機能亢進症なんですよね。心拍が早いと疲れると思うのでお薬で少しでも楽になれば、という感じのニャンコです。

そんなこんなで、今日はそのお宅を2往復してちょっとお疲れ気味。でもニャンコの為なので頑張ってきましたよ〜。好きなものの為だったらなんのこれしき!

”理由はないけど好き”という内発的動機、大切にされながら育てられた人ってどのくらいいるのかなあ。

わたし達ってどうしても
「〇〇したら好きなもの買ってあげる」
「〇〇したら今度の日曜日ディズニーランド行こう」
って、何かができたことの報酬として好きなものを与えられてきたし、自分もそうなりがちですよね。

何かを好きなこと、それ自体を
”好きなんだね”
ってそれをそのまま受け入れられてきた人はどのくらいいるのかな。
そして自分もそんな風に誰かの何かを受け入れることがなぜか難しくなってしまっていないだろうか。

何がそうさせているんでしょうね。

あれをしろ、これをしろ。あれはダメこれはダメ、で縛り付けられる前に、好きなものを追及したり、世の中にある様々なことを好きになった方が生きやすさ(=パニックとは反対のもの=落ち着き)に繋がるのではないだろうか。

そして自分自身、ルビーやチニタが大好きなもの、信頼できるものが私という飼い主でありますように、という気持ちで彼らに接しています。

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ムツゴロウさんの何かの本にも書いてありましたっけ。(どの本だったかわかる方いますか〜?)
”(飼い主を)大好きという気持ちを通してしつけができます”と。

家庭犬に求められるものは、大体は静かにしていて欲しいとか、ちょっとジッとしていて欲しいとかの、行動ではなく落ち着いた状態であることを求められる場合が多いですよね。
「今はそれやめてね」
ってこちらが制すれば、大好きな人のことばや様子には耳を傾けてくれるのではないか?


恐怖心から敬意を払ってくれるのがいいのか、それとも、信頼しているから言う事を聞いてくれる犬がいいのか、ということなのだ。
(犬の心へまっしぐら p.123 より引用)

わたし達がしつけだと思って犬(猫)にしていること、犬(猫の)幸せの為と思ってやっていることが彼らから見て本当にそうなのかどうかを考え続けたいし、発信し続けたいです。



 
 
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posted by カエデ at 22:55| Comment(0) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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