2017年12月05日

自分で自分を励ます

こんばんは。
すっかり冬がきたみたいな埼玉です。今年は秋が短かったな〜と感じます。なので今日はあっという間に過ぎ去った(?)秋を惜しむ写真集。^^;近所の公園です。


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小さい頃は多くの事が初めての体験だから、ただただそのものをあるがままに受け入れるだけだったのが、大人になってくると様々な経験や知識、比較対象が生まれて、例えば秋の美しさも四季をなんども経験しているうちに感じられる様になってくるんだろうなあなんて考えていました。
飛び切り嬉しいことや大きな安心感に包まれた時、そこにあったものいたものひっくるめて良い印象のものになる、というのも、様々なことを好きになるきっかけになっているんだなと思います。


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幼い頃、冬が終わってだんだんと暖かくなってきたころ、
「さあ庭にでて遊ぶぞ〜!」
と花壇に入って行こうとすると、自分の瀬より高いレンギョウの花が太陽に透かされてとても眩しく咲いていて、その向こうから庭仕事をしている父が現れたのをきっかけに、私はこの花が大好きになりました。この花を見るといつもその光景が目の裏に浮かんであったかい気持ちになるのです。


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テンプル・グランディンの「動物感覚」に、
”人間は前頭葉が大きいために、他の動物よりも恐怖を抑制することができる。前頭葉には恐怖のブレーキシステムがあるし、何よりも人間は言語を持っており、その言語を使って自分自身を励ますことができるからだ”
というようなことが書いてあります。


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犬のことを学びたくて手に取った本の中に、自分自身のあり方へのヒントがちりばめられている事がしばしばあります。
「そうか、私は自分で自分を励ます事ができる。自分で大丈夫な自分を作れるんだな!」と。
その上それは一緒に暮らす犬や猫達に”大丈夫”を伝えることになるはず。きっと言葉だけじゃなくて、暖かい映像をふりかえったり、尊敬できる存在をのありようを考えたりすることも、自分を”大丈夫”に導く手助けになるはず・・。
そんな風に考えると、なんだか希望が湧いてきます。





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2017年10月11日

犬のことだけれど人のこと

こんにちは。
今日のさいたま、暑くなる予報なんですけど今のところとっても涼しいです。雨が落ちてきそうなほど暗いけどお日様出るのかなあ。
我が家のベランダのオシロイバナはなぜか今が見頃です。

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オシロイバナは、まだ私が言葉もままならないほど小さな頃、種を鼻に入れて取れなくなり、^^;親が耳鼻科に駆け込んだという曰くつきの植物。(笑)それからずっとこの花は私にとっては文字通り身近な花なのです。

危険か危険じゃないのかとか、やっていいことと悪い事など、大人になった今はすっかりわかっているつもりになるけれど・・・。
実はよくよく勉強すると自分の中でうやむやにしていたことが見えてきたりします。
そんな事が犬の勉強をしているうちに見えてくるのだから面白いですよね。

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”犬だから”って彼らを軽んじることは、弱い立場にいる存在を蔑むこと・・・つまり人間社会にも当てはまる事なんじゃないかなと思ったりしています。
暴力やハラスメント的なものが弱いものへ弱いものへと向かう連鎖を、なんとか断ち切りたいなあと思います。






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2017年04月10日

自分ではないひとつの命

こんばんは。
今朝、やっと晴れ間が見えた埼玉ですが、明日にかけまた気圧が下がって雨になりそうですね。
気圧や天候に左右されやすいワンコさんニャンコさん、飼い主さん、お気を付けください。私は今日もペットボトル温灸です。気温が高くなってくるとつい油断して身体冷やしちゃいそうなので気を付けたいところです。

ルビーも推定12歳になって(あと2ヶ月で13歳です。)、去年の春くらいから少しずつ歩く距離も短くなって、そして秋にヘルニアをやって大分良くはなったけれどもやっぱり歩く距離はさらに短くなりました。
色々思い起こせばあれに気づいてあげられなかったかな、あれも悪かったかなこれも悪かったかな、みたいなことになりがちですが、同じ過ちは繰り返さないようにはしたいですが、後悔の溝にはまりこんで上がって来られない、ということは絶対にしないぞと心に誓っている自分がいます。だってそれやっちゃったら一番迷惑こうむるのがルビー本犬だと思うので。

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近所の公園のショカッサイ

自分の犬となるとどうしても近視眼的になってしまったり、自分の気持ちを投影してしまったり、境界線乗り越えて支配的になってしまったり、人から犬について何か言われると自分が責められた気持ちになったり、しがちなのだなあということが経験的にわかるようになりました。
時が経ってやっと気づけるようになったのです。

ルビーを迎えた時に”不安そうにこちらを見てる・・・”って思ってたけど、不安だったのは私だったのだな、とか!^^;

犬が寄ってくるとプイッと背を向けて反対方向に歩きだすのは、ルビーは犬が怖いからなんだな・・と思っていたけど、
怖かったのではなく礼儀正しい犬語を話していただけだったんだな、とか!^^;
(その裏に、プレイバウとか追っかけっことかして他の犬と明るく遊んでほしいという身勝手な気持ちが隠れていたのだな!とか。^^;)

あんな風にプイッと立ち去らないでもっと他の犬と仲良くできたらいいのに・・・なんて思っていたけれど、ルビーはもうすでに相手の犬と犬語で挨拶して、つまり会話成立していんだな、(だから人目線で仲良く見えるようなものを求めるのは違うよね)とかとか!^^;

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犬がお互いどんな風に会話しているかとか、人には分り得ない能力で時間や相手や空間を知ったり判断したりしているのだとか、
そういうことを知って行くうちに、ルビーは”私の犬”というより”ルビーという一匹の犬なんだ”という感覚が強くなっていきました。
所有物みたいに扱われるのが大嫌いな自分が、逆にそれをしていたのかと思うとゾッとしましたけど、だからそれをやめたいと思いました。

彼女は彼女の生を生きているんですよね。

自分の犬として迎えたけれど、自分ではないひとつの命。
それも全く種の違う命・・・
なんですよね。





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