2016年11月08日

虫が見ている

澤口たまみ先生の著書、「虫のつぶやき聞こえたよ」。
私が20代の頃に読んだ本です。周りに虫が好きって人(特に女友達)が姉くらいしかいなくて寂しい思いをしていたところ、本屋さんでこの本を見つけて喜び勇んで購入しました。虫の事、自然の事、それらを想う気持ちが溢れていて読みながらジ〜ンとしてくる本です。あまり本を読まなかった私が一気に読みました。今読み返すと、科学者としての視点をもちながら温かく命を見守る姿勢が、もろ(!)私好みの一冊だったんだなと納得してしまいます。度重なる引っ越しの際にもずっとお供してついてきてもらって良かった♪


アマゾンの写真、私が持っているのとは違う装丁ですが、久しぶりに開いたこの本の中に、先生のご友人のお話しがでてきます。とても自由でのびやかに生きているその方の話しから、三尺の虫(さんしのむし)の話しになっていくのですが、みなさんは三尺の虫ってご存知ですか?

60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。

よく「お天道様が見ている」っていいますよね。
誰が見ていなくても神様は見ているよ、というような意味になるのかな。

この本で「三尺の虫」のお話しを知った時、私にはお天道様以外にも見ている人(虫だけど。^^;)がいるんだな^^;って思ったのでした。そしてそれが虫(と呼ばれるいきもの)であることが嬉しかった。(笑)
でも結局は見ているのは自分なんですよね。自分の良心の声をきけ・・・と。

犬の勉強をしているとどうしてもそれと繋げて考えてしまうのですが、巷にあふれる犬を脅したり体罰を与えたりするトレーニング。その方法を取ろうと思った時、あなたの中の大切なものが別の良い道を示してくれますようにと願っています。

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こちらの本の「虫の声」という章の最後の文章を引用させて頂きます。

そして、冒頭に紹介した女性のアドバイスにならえば、悔いのない生き方とは、
「心の中の『虫』に対して素直に生きる」
ということなのかもしれない。
今、私の中の虫たちはしきりに、
「自然の中へ帰ろうよ」
とつぶやいている。 (p.105〜p.106)

三尺の虫。私の中の虫。
「自然の中へ帰ろうよ」
とつぶやいている虫達。
私にとっては犬もそう、それに猫も。

大好きなもの達を悲しませるような生き方は自分のことも悲しくさせるのだから、そうじゃない生き方を求めたいな・・・って、改めて思ったのでした。


応援よろしくお願いします♪
posted by カエデ at 14:45| Comment(0) | 読みもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月01日

身体からのアプローチ

こんばんは。
なんと、今日から11月でしたね!
今日は朝からルビーの病院行ったりバタバタしてました。ヘルニアのお薬変わって、またしばらく様子見です。
今日はずっと曇りで夕方チラッと晴れたけど、今はなんだか冷たい風が吹いてきましたよ。今夜も冷え込みそうだから温かくして寝ないと。

もう大分前、私がちょっと沈みがちな時にお薦め頂いた本です。

マンガなので読みやすいです。(笑)
やる気や元気のスイッチをどうやって入れるか、みたいなことが書いてあります。
やる気が出ないからできないって、人は思いがちだけど、まずそうなるような体の形を作ると気持ちがついてくる、みたいな感じかな。

心が豊かになるようなものを接種する^^;(自然に触れるとか本を読むとか、映画を見るとか音楽を聴くとか、)のも大切だけれど、そういうことさえ出来ない様な時、身体側からのアプローチもいいんだなってちょっと迷路から抜け出せそうで嬉しかったな。
それに、私はこれ読んだ時、小さい頃なかなか笑顔になれなくて、笑顔を作る練習したのを思い出しました。ナチュラルボーン・能面だったので。^^;お陰様で自然と笑う事ができるようになりました。^^;;;(ちょっと違う?笑。)

「あれかこれか」ではなく「あれもこれも(大事)」という言葉とも繋がる本でした、私としては。
形だけ作ればいいわけじゃないけれど、そっち方面からのアプローチもできるよ。(勿論感情は大切にしながら)、という感じで受け取れたんですよね。

犬と暮らしていると本当に自分を省みる事が多くて。
勿論犬の欲とは何かとか、犬達の言葉(ボディランゲージ)、感情、学習など、犬の習性についての色々を勉強することがまず大切だけれど、でもそれに対応できる自分をつくることも同時にやらないと知れたことを生かせないから。
だからあれもこれも。

でも犬にとって好ましい人間になろうとがんばっていたら、逆に自分が生きやすくなった・・・な。
犬達は穏やかで明るい人が好きだから、そうなろうとしたら幸せになるのは当たり前なのかもしれませんね。感情のまかせるままに生きるより、自制出来た方が幸せなのは人も同じなのかなと思います。

と散々自分や犬のことを書いておいて最後は猫の写真で終るという。^^;

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風邪が密かに流行ってるみたいですね。みなさまご自愛くださいね!

posted by カエデ at 19:00| Comment(0) | 読みもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

お腹を見せる=服従?

こんにちは。
週末はちょっと外出続きでバタバタしてました。

実家にも行って来たんですけど、人見知りだった実家の猫ももうかなりお年を召してきて、性格が丸くなってきたような気がします。月に一度顔を見せるようにしているので慣れてきた、というのもあるかもしれませんけど。
でも逆の子もいますよね。体の不調や見えない聴こえない事でイライラが募ったり過敏になってくる子もいると思いますし。

犬が噛もうとしたりすると、服従していないからだって人は言いがちですよね。
たとえそのシチュエーションが、散歩してる犬に突然触ろうとしたとか、犬が寝床で寛いでいる時に可愛くて撫でまくっちゃったとか、犬側からしたら人間の方がかなり無礼な振る舞いをした場合でも
「犬が上に立ってる」
みたいに言われてしまう、または思わせてしまう情報が多いと思います。

153ページ当たりで、森で迷った少年に2匹の犬が3日間寄り添い温めて助けた、というお話しが出てきます。
これを、犬は常に人間に服従的なので、少年のそばで眠る事は単なる服従の表現の一つである、とする意見もあるということや、
また、作家のバリー・ロペスさんという方が人に馴れた大人オオカミが、3.6kgしかないケアーンテリアに服従的な態度を取ったのをみたことがあるそうで、それを受けてこう書かれています。

”ロペスが紹介している例にしても、”服従”という言葉はあてはまらないように思える。これもまた愛の一形態なのだろう。本来、人間と他の生き物との交流の全てに序列が介在するとはかぎらない。人間は自分たちが序列で物事を考えるので、そうした行動の解釈にまで序列をあてはめがちだ。だが、服従は単に愛のもうひとつの形とも言える。”
(p.154〜p.155)

巷にあふれる「犬が上になってる」とか、
「犬は服従した方が幸せなのだ」として彼らに対する暴力を正当化したり、それを愛情遮断なんかを行う理由にしているしつけの正体がちょっと見えてきそうな気がしますよね。

ルビーはとっても大人な犬で、パピーちゃんと走り回って遊んでいる最中に突然ゴロン!とお腹を見せて転がってみたりすることが良くありました。
最初の頃、なぜあのタイミングでゴロン!なのか???と頭の中はてなだらけで一杯になりました。^^;

シチュエーションや犬の個性は色々だから、ただ単にマニュアルにあてはめて
”お腹を見せるのは服従のしるし=ルビーは下位の犬”
とはならないのですよね。

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器の大きい大人犬だからこそできる行動なのだと教えて頂いて嬉しかったのを覚えています。
なんて成熟した命なのだろうと。
私も彼女に近づきたい^^;と!

でも、引用した文章の最後に出てくる”愛のもう一つの形の服従”として、てんかんなどの発作のある飼い主を自ら介助するようになった犬のお話しが紹介されています。
犬達の境遇は、人側の受け取り方で大分違うものになってしまうなあなんて思ってます。

posted by カエデ at 15:21| Comment(0) | 読みもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする