2017年06月05日

過程を生きている

こんにちは。
ベランダのツユクサが咲きました。綺麗な青だな〜って惚れ惚れします。

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植物を育てるのが好きな人はきっと(勿論わたしもそうですが)、彼らが花を咲かせる瞬間をイメージしながら育てている間ずーっとワクワクしながら面倒をみているのだと思います。勿論花がメインな植物でなければ、生き生き育ってくれるこを目指して、やっぱり日々ワクワク面倒をみてるのだと思います。実際そうなるかどうかはそこに至るまでの過程が大切・・・。
...
過程が大切・・・だけどその過程で起きたことを失敗だと言って否定したり、叱ったり、揶揄したりしてないかな?って時々立ち止まって確認します。

それは自分が育てている犬に対してもそうだし、犬を育てている誰かに対してもそうだし、自分自身に対してもそうなんじゃないかなって思って。

虐待が連鎖するように、叱りも連鎖するなと感じます。
自分がそういう目にあったとき、自分のところでそれを食い止められるかどうか。食い止めたいって私は思うんですよね。

植物が花を咲かせる瞬間をイメージするように、私は犬や猫を天国に送り出す瞬間をイメージしながら、その時温かいものにお互い包まれながらいられることを目指しながら、今日も明日もその過程を生きたいって思っています。

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2015年07月22日

何から始めよう?〜FaceBookより

おはようございます♪今朝のお散歩は少し涼しい風が吹いていていつもより心地よかった気がします。写真は昨日のだけど。^^;

犬の欲を満たすこと、また犬らしい行動をさせてあげる事(例えば匂い取りやシグナルを出せること)が彼らの自信に繋がること、更にその自信は生きやすさに繋がり社会に適応するキャパシティを育むという事を知れば、人が安易に犬を叱ることの不適切さが見えてくる気がします。なぜなら、犬が当たり前に許されるべき行動を人が叱ってしまっている事が多いと思うからです。

私は既に叱ってしまっていたので”叱らないこと”から始めました。
叱らない自分を作ることで、犬を知る準備が自分の中で整ったんですよね。多分叱らないことで自分自身が落ち着けたからだと思います。だからまず今犬を叱っている人は”叱らない”自分を作ることをお勧めします。
 「叱らないとダメってことが伝わらないんじゃないの?」と思う方もいるかもしれませんが、犬の不適切な行動は罰ではないもので止められます。犬の好きなものや、人側が犬語を駆使することで止められますのでそれを知る為の準備運動として”叱らない”をぜひ!
・・と、短い朝んぽの間に考えたことを書いてみました。今日も素敵な一日を♪ 


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2015年06月15日

犬としての犬を好きかどうか 〜FaceBookより

島ちゅう行った足で公園に車を停めて夕んぽしてきました♪


アイコンタクト。犬がキラキラとした表情でこちらを見あげる姿は私たち飼い主をとても幸せにするけれど、それと同じ位彼らが私たちから意識を切って地面の匂いを取りながら、彼らなりの楽しみに浸っている姿に幸福感を感じられるかどうか。
 犬が好きっていうのはそういう”犬が犬として”彼らなりの生を楽しんでいる姿も愛しいと思える、ということなのかもしれない。


 ルビーとの関係が落ち着いてきたころ、キラキラした目で私を見あげて歩くようになった彼女が可愛くて仕方がなかったけれど、ルビーのお散歩での楽しみはまた別のところにあったんだよね。
 地面や空気の匂いをとって、同族とすれ違う時は人間の言葉とは違うもので穏やかに会話して仲間を感じて。
 私たちは同じ景色の中にいるけれど違うものを見ていて。私には匂いも見えないし聴覚も鈍いし、色覚もルビーとは全然違うものね。でも今はそうやって歩くルビーとできるだけ同じ空気をまとって歩きたいと思う自分がいて、お散歩が最初の頃とは違う意味でとっても楽しくなりました。 


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