2018年07月14日

幸せなプルースト現象を

こんにちは。
世間一般的には3連休の初日なのかな?逃げ出せるなら逃げ出したいこの暑さ。^^;避暑へ向かわれた方もいらっしゃる様子。ノビノビとゆっくりじっくり身体を休めて来て下さいね。もちろんお仕事の方も体調にはくれぐれもお気をつけて!

SNSに投稿したチニタの写真です。

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「あ、うちの屋根でまた猫がくつろいでる!」
とワクワクした子供時代の光景を再現してみました。(笑) ☆友情出演:チニタくん

小さい頃は実家の屋根が猫の通り道になっていたので、下からこんな景色をよく目にしていました。時にはいつの間にか知らない猫が部屋の中に入り込んで、部屋の隅の板の間で涼を取っていたことも。母のベッドの影になったクローゼットの手前の板の間にでーん!と。(笑)親に言うと追い出されてしまうので、何も見なかったことにしてその場を離れ、という感じでいたので、いつその子達が出て行ったかもわかりません。
そんな古き良き昭和の時代。(笑)

夏のことって頻繁に記憶が蘇ってくるのですが、どうしてなのかなと考えると、もしかすると夏の方が色んな匂いがするからかな?と思ったりしています。イベントも多いというのもあるかもしれませんけど、それが匂いとリンクされて、毎年その匂いを嗅ぐとそれが思い出される、のかもしれない。気温が高い方が植物たちからも香り成分は沢山放出されるらしいですし、人間の鼻も温度や湿度が高い方が匂いを感じやすいと言われています。
上記のエピソードも、ベランダの植物に水をあげながら、立ち上るその湿った匂いを嗅いでいるうちに思い出したのでした。「プルースト現象」と呼ばれていますね。


犬たちにとって最後まで残ると言われている”嗅覚”。だからこそルビーが私の匂いを嗅いだ時あったか〜い気持ちになれるよう日々を過ごしたいと思っています。


 
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2018年07月07日

沢山の大丈夫

こんばんは。
昨日の夜から西日本が豪雨で大変な事になっていて、被害にあわれた方のことを思うと胸が締め付けられます。一人でも多くの方の無事を祈っています。

こんな時、大丈夫な私達だけでも日常を淡々と過ごすことはとても大切で、それは非難されるものではないと思うのですよね。被災地の人がまた日常に戻れることを応援しながらそれまでは私たちは出来ることを普段通りやる、というのは大切なことの様に思えます。

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わたし達人間はそうやってなんとか自分で自制できます。大きく発達した大脳皮質のおかげかなと思いますが、だからこそ、私たちほど大脳皮質が大きくない(感情を司る古い脳の割合が大きい)犬、猫達の為にも自分を律することがを選べるんですよね。

さっきも久しぶりに緊急地震速報が流れてビックリしましたが、私たちだけでなく犬(猫)達も生きていれば 日々様々な刺激に晒されています。

犬じゃないわたしたちは、彼らが何を危険で何を危険じゃないと感じるかわかるまでかなり時間がかかります。だからこそボディランゲージを学んでそこから推察しようとするんですよね。

そんな風に日々の暮らしの中で刺激に晒されている犬ですが、飼い主である私達が彼らにとって大好きなもの(最強に好きなもの)だから大丈夫。
そうなる為に、”犬にとって大好きなもの”に自分がなるためにも叱らない。
そして暮らしの中で、いつでも彼らからみた”良いもの”と”何か(刺激)”を一緒に提示できるよう意識しながら暮らすこと。
すると犬たちの脳の中には沢山の大丈夫がつくれるから、だからそこに飼い主である私達がいなくても大丈夫、になるんですよね。

他人(他の命)を否定しないようになるといつの間にか自分まで幸せになっていることに気づくと思います。それはきっとこの社会が良くなることに繋がっているのではないかな。
逆だとなかなかそうはならないと思うのです、だから私たちは時々彼らのおかげで成長できると思えるのかもしれないですね。


 
 
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2018年06月27日

当り前のことを喜び褒めてみよう

こんばんは。
今日も暑い一日でした。まだ7月にもなっていないなんて信じられない。風も強かったですね。ベランダの鉢植えたちを床に避難させましたが、吊ってあったトラディスカンティアは何本も茎が折れてしまいました。でも繁殖力旺盛な彼らは脇芽をどんどん出して知らん顔して大きくなるんだろうな。


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「お顔がまんまる♪」って、お母さんが嬉しそうに笑います。

昨日の続きになっちゃいますが、食べることに興味のない私でも、一緒に食べれば楽しいし美味しいって感じる存在がいます。

それを考えると、例え食べることが好きじゃない個体であっても、暮らしている空間が叱りの無い場所・・・犬(猫)を脅かすものがない場所であり、笑顔と一緒に食べものを提示し続けてもらえる環境であれば、彼らの”食べること”自体の印象も変わってくると思うんですよね。

ご飯を食べることなんて当たり前だと思いますか?
健康であればそうかもしれませんね。

でも私は先代猫フーラの晩年に感じたのです。
「おいしいね」「すごいじゃん!」
って普段から食べることを励ますことは、いずれその言葉がその子の気持ちを鼓舞する言葉になり、きっとその子の生きる力と、それを支える飼い主である私たちを助けてくれると思います。

”この人のくれるものなら・・この人と一緒なら食べるの楽しい。食事が美味しい”
と思えることは宝だなと思います。

命は限りあるものですが”食べることは生きること”だから、そんな風に最後まで食べることを好きでいられることは、飼い主にとっても安心の材料だし彼らにとっても喜びなのではないでしょうか。
食べることを褒めること(”名前を呼んでおやつ”と同じ原理=感情の条件づけ、と言っていいかどうかは分かりませんが。)は、犬(猫)はもちろん、飼い主も一緒に幸せになれる取り組みだと感じています。

 
 
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