2016年11月22日

あなたの声はどんな音?

こんばんは。
今朝の地震、びっくりでした。被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます。まだあちこち揺れていて、しばらく油断できない感じでしょうか。十分注意して過ごしたいですね。

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いつもと変わりないチニタです。私の足にじゃれています♪

緊急地震速報のあの音、とっても嫌な音になってしまっている人多いですよね。あの音がすると「地震が来る・・・!」ってドキドキしてしまうから。それに辛い記憶と結びついてしまっている人もいるかも。
もしかすると犬や猫達にとっても嫌な音だったりしますよね。でもなんとかあの嫌な音を上回る良い音に、私の声がなっていたらいいな。あの嫌な音を上回る良いものに、私自身がなっていたいなあ。

だから常日頃、止めさせたい行動に介入すると言っても叱らないし、罰しないし、大きな音で脅したりしません。いつもポジティブなものの前触れとして私があるように、って意識しながら生活しています。(介入は、模倣を促したり犬のボディランゲージを真似したり、声掛け、手を添える、などを目指しています。)
すると・・・
犬や猫との生活自体がとっても穏やかになって、お互いに落ち着きをもたらす存在になれるんじゃないかな。。。社会化のトレーニングは暮らしに直結しているなあってつくづく感じています。




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2016年11月17日

名前を呼ばれるとどんな気持ち?

こんばんは。昼間はなんだかとっても暖かでした。嬉しいけどなんとなく調子狂っちゃいますね。

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家の中で名前を呼ばれて、ドキッ!ってしたことありますか?
同じドキッ!でも大好きな人に名前を呼ばれてのドキッ♪とか「何が始まるのかな!」のワクワクドキドキのドキッ!と、
反対に、何されるかわからない、また怒鳴られるのかな、叩かれるのかな、嫌だな・・・のドキッ!では大きな差があると思いますが。

普段暮らしている家の中で、名前呼ばれる度に怖くなるより嬉しくなった方が幸せだってことは、自分の事として考えるとよ〜くわかるなあって。誰だって、恐くて委縮しながらの生活は辛いはずですもんね。

「信頼」って”ある人や物を高く評価して、すべて任せられるという気持ちをいだくこと” ( 「デジタル大辞泉」より。)

いつも名前を呼んで怒ったり、罰を与えたり嫌なことする人に”全て任せられる”とはなかなか思えないですよね。
まして犬は人間の言葉がわからないから、どうして叱られるのか?というような理解はしないと思います。

ルビーを叱っていた頃、彼女が全然わたしのことを好きではないんだって感じて(そりゃそうだ。^^;)、犬の学校で勉強して取り組みをやり直しました。
朝起きたら「ルビー、おはよう♪」「ルビー、ごはんだよ♪」「ルビー、散歩行こう、かわいね、すごいね、カッコイイ!」って、にこやかに名前を呼んであげたいですね。
いつでも自分を大好きなものと一緒にワンコさんの前に登場させるように取り組み始めてやっと、彼女との生活が本当の意味で楽しいと思えたし、彼女もどんどん明るくなっていきました。

ワンコさんが興奮している時でも、呼べば、触れればハッと振り返ってもらえるような、大好きな声、大好きな人、大好きな感触、匂いの存在になりたいですね。私もずっと取り組みつづけています。おしまいがない、続けることが楽しくなる取り組みです♪

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2016年10月30日

音楽の様な人

こんにちは。
先日、茂木健一郎さんのこの記事を読んでいて、ああ、私も街を歩いていて、突然耳に入ってきた音楽に心奪われたことあったなあって、若い頃のことを思い出しました。同じような経験のある方も沢山いらっしゃると思います。

私が思春期の頃・・・思春期だけじゃないですね、小さい頃から嫌なこと怖いことが人より多くて色々難あり^^;な日々を送っていました。
超人見知りだった幼少期は、母と買い物に行く時に母の靴の音をターゲットに歩いていたのも覚えています。大人の靴ってコツコツいい音がするんだなって、そのいい音に集中していれば”人に行き会うかも”っていう不安も和らいだような気がします。
大嫌いな^^;小学校へ行く朝は、大好きなレコード(昭和だな〜〜。)の大好きな箇所をリピート聞きして嬉しい気持ちで自分を満たしてから登校してました。

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高校生くらいの時は酷く厭世的になってけど、でも茂木さんのお話しにでてくるシーンみたいに、ふと立ち寄ったお店で大好きな曲、または私の好みの音楽が流れてくると一気に幸福感で胸がいっぱいになった・・・。ここはやっぱり美しい世界なんだなって思えたりして。

辛抱させるとき(抑制)は好子で、と教えて頂いた時、上記のことを思い出したんですね。


犬達のネガティブな感情を鎮める為の好子。
(好子って、好きなもの、という意味です。)

犬達の毎日が嬉しいもので満たされて幸福であることを願って沢山用意したい好子でもあるけれど、同時に
ネガティブな感情に駆り立てられた行動を抑制する為の好子でもあるから、沢山の好子を用意してあげたい。小さい頃の私が大好きな音楽や音を頼りに毎日を送っていたように、拠り所ができるってことですもんね。それに抑制できることもまた幸福のひとつなんじゃないかなって思うから。

今はどちらかというとこれをチニタと取り組み中です。
ルビーがご飯前に嬉しくてハチャハチャしていると、(と言っても止めなきゃいけないほどの興奮ではないですが)チニタが「イラッ!」としてルビーをかぶりつこう^^;しようとするのです。
この「イラッ!」を鎮めていけないかな〜と。
”かぶりつこうとする行動を”じゃなくて、”「イラッ!」を鎮める”というところに重点を置いているのが私的にポイントです。「イラッ!」に働きかけた結果、行動がなくなるという現象がついてくる、ということ。
あとは、ルビーが診察台の上で不安な時、私を見ていれば不安がまぎれたらいいなとか。

何をおいてもその人の事を見ていれば安心できる、その人の声や匂いを嗅げばなんだかホワンとして幸せになったりその人の意に沿いたいって思えたら、犬(や猫)もそう思ってもらえる人も、両方が幸せなんじゃないかな。



posted by カエデ at 12:00| Comment(0) | 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする