2016年07月21日

世の中には良いものが沢山!作戦

前回の記事の中に書きました【世の中には良いものが沢山!作戦】とは、なんぞや?^^;

これこそがチャーリードッグスクールの”名前を呼んでおやつ”という取り組みによってつくられるもの・・・というお話しをしてみたいと思います。

ルビーと良い関係を作りたくて必死だった2009年頃に、CDS夏目先生の記事を前々年までさかのぼって読ませて頂いていたけれど、まだまだ”名前を呼んでおやつ”の意味がわからなくてもがいてました。
それでも「こんなんでいいのかなあ」と思いながら、^^;明るくルビーの名前を呼びながら彼女におやつをあげていましたね。その頃読んでいた記事。

●くどいようですが、名前を呼んでおやつ 
http://charliemama3.hatenablog.jp/entry/2009/10/08/060000

その後お散歩トレーニングに参加しながら引き続き学び、”名前を呼んでおやつ”がポジティブな古典的条件づけのネーミングのことなんだということがわかって、名前以外の様々なものもワンコさんにとって”良いもの”にしていけるということがわかりました。

私の場合、私がルビーに”良い人”と条件づけられることも含めて”名前を呼んでおやつ”という古典的条件づけの取り組みだと思ったので、叱ることも一切やめました。

この取り組みで作った良い印象のもの(好子)を使って、嫌いなものも良いものに徐々に変えていくこともできます。
その辺のことを説明されている記事もご紹介させて頂きます。


●さらに、”名前を呼んでおやつ”のカテゴリーはこちらです。


犬や猫が生得的に好きなものの印象を、特に好きでも嫌いでもないものに条件づける取り組みとしての”名前を呼んでおやつ”。
そしてそうやって丁寧に作り上げた良いものを使って、嫌いなものまで良いもの(又は大袈裟に反応しなくても良いもの)に変化させることを目指す”名前を呼んでおやつ”。
(食べものが使えない場合には優しい語りかけやスペースを尊重してあげること、その動物種のシグナルを使う事も、彼らにとってはきっと良いものであると私は思っています。)

そして、その取り組みの中で作り上げられるワンコさん(猫さん)にとって最大級の良いものは・・・飼い主である自分、なんですよね。
犬や猫達の嫌いな物にも打ち勝つくらいの強力な良いものとして自分を作り上げることができる取り組みが”名前を呼んでおやつ”なんだなと私は思っています。

それがどんな時に自分を助けてくれるかということを、私は愛猫を見送った時に思い知りました。
【世の中には良いものが沢山!作戦】のヒントになる事が書かれていると思います。手前ミソですが、2012年の記事です。


今読むと、追記したくなることもあるけれど、でもあの頃の私でさえこの取り組みによってどんなに励まされていたことか。

こんな風に、”名前を呼んでおやつ”は、我が子を天国に送り出すその瞬間にも、暖かいものを心に抱かせたまま彼らを送り出すことができる希望に満ちた取り組みだと思っています。

その子に問題があるのどうの・・・という事ではなく、
その子を大切にしたい、という気持ちが取り組みを支えいつの間にか自分が変化して、そしてまたいつの間にかお互いの関係が変化してる。

”変化させるために取り組んだから”というのじゃなくて、気持ちの上の順序としては逆なんですよね。
取り組みを支える温かいものが自分の中にあってそれに気づいて突き動かされて、そしてそういうものが周りにも沢山あってそれらに勇気をもらって、そうやって進んで行くうちに色んなものごとが好転する。そういう取り組みだと思います。

私とルビーは関係が悪くなってから”名前を呼んでおやつ”の取り組みを始めました。しかもルビーは成犬でした。でもやりなおせた。
いつからでも取り組めるんですよね、取り組もうと思えば。

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「犬といつでもいつまでも」っていうのは、チャーリードッグスクールで教えて頂いた”名前を呼んでおやつ”という古典的条件づけの取り組みの経験を、自分なりに表現したものです。

真摯に取り組むことができれば犬とはいつからでもやりなおせるし、例えワンコさん(猫さん)が虹の橋を渡った後でも、彼(彼女)の事を思い出せばまるで彼らが側にいるかのように温かいものがあなたの心に甦るに違いありません。いつまでも、ずっと。

posted by カエデ at 17:11| Comment(0) | 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

幸せな匂い

雨ですね。ベランダの植物達が生き生きとして眩しいくらいです。

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雨って毎日続くとうっとおしいんですけど、^^;晴れた日が続いた後にやってくる雨の日の朝は少し楽しみだったりします。

なぜなら・・・

雨の日の楽しい思い出が甦るから。

です。

小学生の頃、夏休みに行った避暑地で雨にたたられ・・・
凄く寒くて避暑過ぎた。^^;
夏に炬燵に入るなんて初めての体験だった。^^;
夏なのかなんなのかよくわからん〜。(笑)

でも、そんな非日常的な体験が楽しくて、その時のシトシトと雨の降る庭の光景や匂いと、今の自分の家のベランダの匂いが重なって、ほんわか〜と幸せな気持ちになります。

もともと雨は植物や土(のバクテリア)に作用して良い匂いを作り出す、なんて言われているからなおさらですよね。

私の幸せな古典的条件づけのお話しでした♪


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2015年09月25日

言葉じゃないもので伝わる

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犬は人の言葉を使わないから、私たち人間は言葉じゃないもので彼らに色々伝えなくちゃならない。
でもよく考えてみると犬だけじゃなく、人間だって言葉が通じない時期がありますよね。
そうです、赤ちゃんの時期です。
赤ちゃんはまだ人間の言葉を喋れないし理解できないから、泣く事で不快や空腹、恐怖や不安を表現すると思うのですが、大人はそれを叱ったり罰したりせずに赤ちゃんがなぜ泣いているのか色々想像を働かせて対応すると思います。
犬だって、言葉はわからないけれど、脳の構造上感情の部分は人間と重なる部分が多いのだから、人と同じように対応してあげるとわかりやすいのではないかなと思います。

言葉じゃないもの・・・つまり対応や態度で”わかってるよ”ということや”大丈夫、安心して”を伝えることってできますもんね。
それに、言葉を理解できる私達だって「大丈夫よ」というその人自身が見た感じ全然大丈夫じゃなさそうだったら^^;大丈夫だと思えないと思うのです。
だから不安がっている相手に安心や大丈夫を伝えたい時には、見るからに大丈夫そうな^^;落ち着いた自分でいることが、相手に”大丈夫を伝える”ということなんじゃないかなと思っています。

でも、世の中には吠えを止めるために大きな音を鳴らしたり、何かを噴射させたりして犬をビックリさせて吠えを辞めさせる方法があります。

でもそれって「吠える必要はない、大丈夫」を教えるのではなく、
「ここは怖い、いつ何か嫌なことがおきるか不安、落ち着かない」を教えていることにならないだろうか。警戒心からの吠えを煽るようなことをしてしまっていることにならないかな?って。
普段生活している家の中がそんな状態で、ワンコさんは幸せだろうか・・・生活の場である家の中や飼い主がいる場所でこそ、大丈夫を沢山経験させてあげたいし、それは福祉の面からも重要なことなのではないかなと思います。
逆にいうと、家の中に怖いものがあったり不安で落ち着けないという状況は、大丈夫が伝わらない状態=ワンコさんが頭で考える余裕がない状態=抑制を教えてあげられる環境が整っていない、ということになるのではないかなあとも思います。

飼い主である私達が普段から優しくてちょっとの事では動じない強さを持った安定した存在であることをワンコさんが知っていれば、例えワンコさんの頭の中が別のこと(興奮など)でいっぱいになってしまった時でも、彼らの脳の奥深くにポトリと落ちて、優しい感覚の波紋を広げられる存在になることができると思うのです。
そんな風に、ワンコさんがハッと我にかえれるくらい、そういうものを引き出せるようになれるくらい、犬にとって良い存在になりたいなと私は思っています。
posted by カエデ at 10:10| 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする