2015年08月20日

当たり前が当たり前じゃないこともあります

前回の記事の最後の文章、


「まずは当たり前にできることを「おりこうさんだね、すごいね」という気持ちで称えてあげる事。それが本当はとっても大切な事だったんですよね。」


これを読んで、

「なにをそんな犬を甘やかすような事を書いてるんだ!」ちっ(怒った顔)

って思った方はいますか?


これは甘やかしている訳ではありません。


”当たり前に出来る事”と書きましたが、

例えば食べる事を例にとれば、犬は緊張していると食べ物を食べる事ができません

病気で食欲がない時もそうです。

「どうかお願い食べて」

って思うはずです。


だから”ご飯を食べておりこうさん”だって、本当はシチュエーションによっては凄いことでもあったりしますよね。

排泄だって、緊張してたらできないし、外が怖くて外で排泄できなくて部屋の物陰でやっちゃったとか、お散歩で遭遇する沢山の刺激にすぐに慣れてルンタッタ歩ける子ばかりとは限りません。吠えたり固まったりすると思います。


150820_01.jpg

低くて分かりにくいと思いますが^^;トイレ中です。


でもそういう子達が勿論おりこうさんでない訳ではありませんよね。そういう子はいっぱいいっぱいなだけ。いっぱいいっぱいな子に「コラ!」なんて叱ったらさらに追い込んでしまうと思いますし、いっぱいいっぱいの子を叱るというのはコミュニケーションとして成り立っていないということはお分かり頂けると思います。


いっぱいいっぱいでがんばってるワンコさんの事は、罰や叱りではなく、優しい(強い)気持ちでもって、大丈夫を伝えられる態度で犬達に接してあげたいですね。(大丈夫を伝えるに関してはまた別途書かなくてはと思っています。)

そして、当たり前にできるはずの事をいつでもどんな状況でも当たり前に出来るようになる為に、その子が今出来るどんな小さな事にでも、肯定的な言葉かけをして自信を与えてあげて欲しいと思います。


さっそく横道に逸れて^^;ここでは、犬達の”いっぱいいっぱい”に対して彼らの為に私たち人間がどうあるべきか、という私自身の考えを少し書かせて頂きました。

でもこの作業(=当たり前にできることを「おりこうさんだね、すごいね」という気持ちで称えてあげる事)にはもうひとつ、大切な意味があります。


続きます。
posted by カエデ at 10:56| 古典的条件づけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月19日

おりこうさんってどういうこと?

小さい頃から猫と暮らしてた私が、いつかは犬とも暮らしてみたいと思い続け、いざ大人になってルビーと出会って突き当たった壁。それは一体なんだったのか、最近よく考える様になりました。

それは「おりこうさんでいて欲しい」という気持ち・・・それもとっても人間目線の「おりこうさん」を望んでいた事に原因があったと思っています。
その中には、自分の言う事には必ずきいてもらわないと困る、というような過干渉で支配的な考え方も含まれていました。犬の欲求階層云々の前に、そんなことばかりをルビーに押し付けて、言葉の分かる人間でも嫌だよね^^;と思うような対応をしていたのでした。

でもルビーとの関係が崩れて程なくして自分が間違っていることに気づいた訳です。

犬との関係は
「おりこうさんにしよう」という所から始まるのではなく、
その子はすでに「おりこうさん」であることをその子自身に伝える事から
始まるのでした。

ご飯を食べておりこうさん。
排泄ができておりこうさん。
安心して眠れておりこうさん。
朝目が覚めておりこうさん。
お散歩で歩いておりこうさん。
お水を飲んでおりこうさん。

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日向ぼっこが気持ち良くておりこうさん♪


まずは当たり前にできることを
「おりこうさんだね、すごいね」
という気持ちで称えてあげる事

それが本当はとっても大切な事だったんですよね。

続きます。


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