2019年01月25日

好きな曲のイントロのように

今日はルビーが定期的に飲んでいる薬をもらいに動物病院へ行ってきました。

行きの車の中でラジオをつけていたのですが、パーソナリティの方が

「”この曲のイントロ聞いただけで気持ちが上がる〜!”みたいな曲あるよね。その後の盛り上がりを知っているからこそ、イントロ聞いただけでワクワクするんだよね!」

みたいなことを言っていて、

”そのイントロみたいな人になりたいんだよね〜”

と思ったのでした。

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車の中のルビー♪(去年の10月の在庫写真です。)

犬がその人を予感しただけで嬉しくなるような、そんな存在になれたらいいですよね。

以前も書きましたが、ターシャ・テューダーのお孫さんが

「娘たちが僕の足音を聞いただけで嬉しくなるような、そんな父親でいたいんだ」

ってテレビでおっしゃってた、そんな存在。


どんなに”名前を呼んでおやつ”で、文字通り”おやつ”と”何か好きになってほしいもの”を一緒に与えて、良い印象のものを沢山つくっているつもりでいても、普段の暮しの中で犬は勝手に(自然に)私たちを観察して彼らなりの印象を持つものだから、叱らない、不安顔を見せない、取り乱さない、ことは大切だなと思ったのでした。

嫌なことはすぐに覚えるしずっと覚えているし、、、というのは、生存戦略として危険から身を守るために必要な感覚だと思いますが、沢山のことに嫌な印象を持って暮らすことって、とっても生きづらいと思います。そしてそれは”問題行動”としてあらわれるかもしれません。
だからそうでなくて済むような暮らしを犬たちには与えてあげたい、その為にまずは自分の在り方を見直したいなと思います。

イントロの話がこんな展開になろうとは!かもしれませんが、^^;
犬の勉強をしてから様々なことが「自分という刺激が犬たちにとって良いものであるように」というところに繋がる私なのでした。


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2016年02月15日

猫もえらい、犬もえらい

犬友さん、、、というか犬猫友さん?^^;と一緒に『猫なんかよんでもこない。』を観てきました。

2012年に見送った愛猫フーラと同じ境遇の黒猫が出てきて色々思い出したりしていました。
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最近読んだ内田樹先生の本『先生はえらい』にこんなくだりがあります。

”一人の師に複数の弟子がいて、弟子たちは全員が師の蔵する「謎」の解読に失敗します。失敗することが義務付けられているのです。でも、まさしく全員が師の「謎」を解く事に失敗するおかげで弟子全員が師との対話を(師の死後でさえ)続け、弟子同士で「ああでもないこうでもない」と「謎」について終わりなく議論し合う事ができるのです。”
(「先生はえらい」p.151)


あの映画の中にも師と弟子がいましたね。
フーラも私にとっての”師”でした。
というか、今も”師”です。
『犬ってよんだらくるよね』^^;
って映画を作っても、多分師と弟子が登場するに違いありません。






posted by カエデ at 23:36| Comment(0) | 大切な余談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月03日

弱くて強い自分

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「食べてるだけで”いい子だね”」とか、「叱らない」とか言ってると、なんだか優し過ぎて弱々しいとか感じて、そんなだから犬になめられるんだとか思う人がいるかもしれないですけど。

でもそうじゃないですよね。

犬を叱りたいその”叱りたい気持ち”って(犬を叱らない人を叱りたいと思う気持ちも同じですよね。)、自分の中のイライラだったり思い通りにいかないことへの怒りだったりすると思うのですが、その衝動に負けない自分を作るということは”強い”ということだと私は思います。

犬の行き過ぎた行動は穏やかな方法で止めることができるし、そういう関係になる為にも叱らないことが大切で、その関係づくりの中にこそ”優しさを基盤とした強さ”が必要だと感じています。

犬を慮る気持ちは優しさから生まれるものだと思うし、慮ることは”犬がどういう動物なのか知りたい”という気持ちに繋がると思うし、その中で自分の過ちに気づいたとしたら、そんな自分を認め変わろうとするには強さが必要ですもんね。

”自分の過ちに気づいたとしたら、そんな自分を認め変わろうとすること”
は、私にとってもとても難しいことでした。というかこれからもあるでしょうから現在進行形で”難しいこと”です。でも犬が好きだから仕方ない。^^;
誰だって弱くて・・・だからこそ強くなりたい。
そう思えたらそれはすでにそれまでの自分より強いということだと思います。
頭(脳)でイメージしたことって現実になりやすいそうですよ。
だから”こうなりたい”と強く心に誓うだけでも自分が変わる一歩だと、そう思いながら私は頑張っています。


posted by カエデ at 17:18| 大切な余談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする