2016年04月14日

振り子が徐々に中心をとらえるように

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忘れもしない、私は初めてお散歩トレーニングに参加した時、
「ルビーが前足を掛けてきたらクルッと後ろを向いて、お座りしたらおやつをあげてください。」
って言ったのでした。

おやつではぐらかす。^^;
そんな拙かった自分の姿を今でも時々回想しています。

初めて会う人に足をかけることができる彼女が人間に対してとても開かれているという事もわからなかったし、だからと言って全ての行動を許可するのではなく、例えばおやつポーチに顔を突っ込むとか、止めて欲しい行動には(はぐらかすのではなく)「それ違うよね」とそのことに直接フィードバックを返せばいいということもわかりませんでした。

若かった彼女が、同族である犬達と歩く事を心から楽しんではっちゃけていたことにもこれっぽっちも気づかなかった。
だから、走り出すルビーをぐいぐい引っ張って、一生懸命止めようとしていました。

ルビーは首輪ではなくハーネスだったから、グイグイ引いても頸椎を痛めるということはなかったけれど、でもだからと言って体に良い訳もなく、引っ張られて首のあたりまで上がってきたハーネスに気管が締められたりしていたと思います。

それに彼女からしたら、自分のことを全く分かってもらえてないという感覚があったにちがいありません。

犬にとって自分てそんな酷い事をしていたんだ〜・・・と気づくと、今度はリードを張る事がいっさい出来なくなったり、もっと発展して、^^;一切介入というものができなくなったり、してました。
でもそのリードの張り方を調整したり、その刺激を心地よいものにする為の取り組みがあること、更に自分からの働きかけ全てを犬からみて良いものにして、そんな自分が都度都度介入を行っていくことが、犬にもそして他の人にも理解しやすいし親切だということを知って、色々調整しながら今やっとここにいます。まだまだ知識や技術を体現できていない部分はあるけれど。

気づきがあると、それまでの自分とは正反対のところを目指そうとして反対側に行きすぎる傾向があります。皆さんはありませんか?まるで振り子の様なんですよね。それもかなり振れ幅の大きい。^^;

でもみんなそうやって、バランスのとれた一番いい場所を探しているんだなって思ったのでした。
中心を捉えるまでの周期は人それぞれだけど、でも続けていればきっといつか丁度いい中心を捉えることができるよ、って私は信じています。


posted by カエデ at 13:13| Comment(0) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月12日

今のうちになんとかしないと?

関東・東北の大雨により被災された多くの方々に心よりお見舞いもうしあげます。
行方不明の方が早く見つかりますように、そして被災地の一日も早い復興をお祈りしています。


私たち犬飼い、猫飼いにとって、災害時の動物達の境遇というものは無関心でいられない事柄です。
まだそういう境遇にないうちに不安や焦りで気持ちがいっぱなってしまって、今のうちにこの子達をクレートに慣らさなきゃ、人に慣らさきゃ、吠えないようにしつけなきゃ、と色々焦ってしまうかもしれないけれど・・・。

でもそういう時こそ一呼吸おいて、焦りの中で見失いそうになっているものがないか考えてみることが大切かもしれません。

なぜこんなことを言うかと言うと、焦って大切なものが見えなくなっていた時期が私にもあるからです。思い出すだに恐ろしいあの頃の私。^^;あんな飼い主私でも嫌です。^^;

ルビーを迎えて留守番時の吠えに悩んでいた時、早くこの吠えを止めないと近所から苦情がきてしまうかもしれない。吠えない様にすることがルビーの為でもあるんだ、とどこかで焦って道を踏み外す自分の気持ちに言い訳をしていたような気がするからです。
そうやって、”早く(今のうちに)何とかしないと”という気持ちがどんな行動を生み出したかと言うと、

『厳しくしつける』
=”吠えを叱る”とか、
 ”なんとしても家の中で排泄させようとする(外で排泄させたくない)”とか、
そういう気持ちに繋がって行きました。

これらの何が問題だったかと言うと、
まず犬の習性を全く無視していること(犬にとって生きにくいことだと思います。)、飼い主がいつもピリピリしているので犬の不安や警戒心を煽ってしまうこと、生活の場である家庭がくつろげる場所ではなくなってしまうということ、
などがあげられると思います。
これらの事は犬にとってフラストレーションである事は間違いないですし、フラストレーションは過剰な吠えや問題行動と呼ばれるもの(ですが、実際は困っているのはワンコさん自身だったりしますよね)の原因にもなるでしょうし、なんと言っても犬も人も生活そのものがとても窮屈で楽しいものではありませんでした。

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本文とは関係ありません。散歩準備OKなルビーと散歩行く訳ではないけれどスタンバってるチニタ。^^;

今私が思うのは、
いざという時のことを考えるなら、犬との普段の生活を豊かにすること、普段の生活を豊かで笑顔溢れるものにすること。
そして、犬に不安や恐怖を与えたり無理解で接するのではなく、大らかでのびのびとした精神を育むことが何よりも大切なのではないかなということです。

そういう豊かな普段の生活があってこそ、災害などの非常事態下で強さ(動じない個々の強さ、飼い主と犬との関係の強さ)が発揮されるのではないかなあと感じています。

日常で起こるちょっとした危機(というには軽すぎることなど)を
「びっくりしちゃったね〜」
と笑ってやりすごしながら、犬達にとって最大級の良いものに自分がなる工夫をすること。
そうやって『私たちは大丈夫だよね』というものを楽しい日常の中でつくっていくことが大切なのではないかなあと感じています。



posted by カエデ at 14:42| Comment(2) | 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月11日

思わず振り向いちゃう!

みなさんは大好きな人っていますか?
歌手でも俳優でも誰でも良いです。福山雅治でもロバレでもブラピでも(昔好きな友人がいたので^^;)誰でもOKです。
漫画の中の人でもいいですよ。^^;

道を歩いていたら不意に背後からその人の声が聞こえたとします。
その人の声が自分の名前を呼んだとします。

”えっ?♡”

って振り向いちゃいますよね?

仕事帰り、疲れ切って電車に揺られている時、
ふいに後ろから大好きな人の声がしたら、思わず振り向いてしまいますよね?
そしてとっても幸せな気分になると思います。

前に書いた記事の中で時々
”罰や叱りではない、穏やかな方法で行動を止めることができる”
というような事を書いたのですが、
これがそのことなんです。

犬が思わず
「え、なあに?」
となるような関係であれば、いざという時で声や体で介入したらこちらに意識を向けてくれるはずと思うのです。

いつもいつも、犬と接する時に良い自分を意識して接して(良いものとの対呈示)、その犬の大切な人になっていれば、いざという時こちらの介入に思わず反応してくれ、応じてくれると思うのです。
何かがきっかけで興奮したりパニクッたりしている時にも、ポトリと脳ミソ奥深くに届くようなものがあれば、ハッとこちらに戻ってきてくれると思うのです。

実際私とルビーとの関係は、叱りを止めて良い自分を作るところから変わって行きました。
叱りを止めて、ご飯を上げる時に名前を呼び、おやつをあげる時にもいちいち名前を言い、いい子だねといいながらヤギミルクを与え、^^;朝起きたら笑顔で穏やかに「おはよう♪」です。

ただ、ワンコさんにも思春期というかやさぐれ期^^;というのがあって、何をしても気に入らない機嫌が悪い、みたいな時期(や個体)もあるようです。でもそういう時期こそ叱らずに、良いもので満たして、過ぎた行動はただただそれをさせない様に止める(手や体を使って止める。罰や叱りではなく止めるだけ。)
そうやってヤサグレ期も乗り越えつつ、”え、なあに?”期^^;を目指せると思うのですよね。

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我が家の場合ルビーはもう大人犬になってから我が家に来たので思春期とかはわからなかったのですが、
チニタ(猫)がルビーのハチャハチャした動きにイラッ!とするみたいで、^^;特に彼らのご飯の支度中などは思わずルビーの首元にかぶりつく、ということをし出したことがありました。^^;
なので一時期ご飯の前はチニタにケージに入ってもらっていましたのですが(ケージの中はチニタにとって既に良いものになっています)、でも、もしかしたらそんなことしなくても止められるかも?
と思って、ご飯の支度しながら「いい子だね〜」と、かなり早い段階ですり足にて介入^^;(チニタは私が脚で介入することを全く怖がっていません)して、”絶対に”(絶対にさせないというのがポイント♪)ルビーの首元にかぶりつかせない様にし続けました。
そんな事をしているうちに、チニタはご飯の支度中ルビーにかぶりつかないで^^;いられる様になりました。

犬も常に成長の過程(行動学的な成長過程という意味でも、そして自制心を育む過程という意味でも)にあることを人間側が知っていれば、
いちいち若かったり未熟だったりするワンコさんと同じ土俵に上がらずに済むし(自分もイライラと叱ったりすること)、満たす事、過ぎた行動は淡々と制することに飼い主側も集中できるんだな、というのが、私が犬を勉強しながら感じたことでした。

”犬を変えよう”、ではなく”自分が変わる事で結果として犬が、そして犬との関係が変わった。”というのが、私自身が歩んできた道のりでした。


posted by カエデ at 22:40| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする