2015年09月01日

”叱らない”の意味と理由(3)

まだ続いてたの?と言う感じの”叱らない”シリーズです。^^;

こちらの記事 にも書いたのですが、犬って色んなものにポジティブな感情が条件づけられたりします。もちろんこれは犬だけでなく人間も同じだということはこの記事にも書きました。

ただ、嫌な事も条件づけられるんですよね。^^;
ポジティブなのとは反対のネガティブな条件づけもされてしまうのです。

例えば散歩中に他の犬に会って自分の犬が吠えた時
「コラ!」
って言って(まあ言わなくても^^;)リードをグイっと引いたら、グイっと引かれた首輪の嫌な刺激や、もしかするとリードを引いた時に飼い主さんが怖い顔をしていればそのこわばった表情(ネガティブな表情)が、
そこにあるものや状況に条件づけられてしまうことになります。

例えば他の犬が嫌なものだと条件づけられるかもしれないし、
”犬を連れている人(人+犬)”というのが嫌なものと条件づけられるかもしれないし、
角を曲がった時にそれが起きたら角を曲がる事が怖いと条件づけられるかもしれないし、
リードを持っている飼い主さんが嫌だと条件づけられるかもしれないし、
散歩自体が嫌だと条件づけられるかもしれないし・・・。

犬が何をネガティブに条件づけてしまうか人間にはわからないことも多いけれど、
とにかく犬にとって嫌な刺激が起こったら、その時そこにある何かを嫌なもの(とか危険だ)と感じるようになる可能性が高まります。

だとしたら
「コラ!」「NO!」って叱ることは
何を意味するでしょうか。

怖いもの、危険な人がいる生活空間で彼らは安心して生活することができるかな。
またそういう人に、犬は身を任せてくれるだろうか。
爪切りや歯磨きなど、日々のお世話を気持ちよくやらせてくれる関係になれるだろうか。
犬が年老いて飼い主の介助が必要になった時はどうだろうか。


そんなことを考えつつ日々を大切に過ごせたら、
犬達との日々はもっともっと温かいものに包まれて
いずれ彼らが旅立った後も私達の心の中で宝物としてずっと輝き続けるのだと感じています。
そしてそれはいつからでも始められるし、手遅れはないと思ってます。

150901_01.jpg



posted by カエデ at 09:38| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

”叱らない”の意味と理由(2)

”叱らない”をお勧めする理由について続きを書いてみたいと思います。

●犬の当たり前の欲求や要求を否定してしまっていないか

例えば、人間の赤ちゃんが泣いている時にそれを叱る人っていますか?いませんよね。^^;あ、お腹が空いたのかな?おむつがぬれてるのかな?眠いのかな?とか考えると思います。
それに赤ちゃんでなくても、誰でもビックリすればわっ!って声がでると思います。

それから、インターホンが鳴ったとして、
「お母さん、誰かきたよ」
って言われた時に
「コラ!」
って叱るひともいないと思います。

人が新聞読んだり、名刺交換したりすることを叱る人もいないですよね。
(散歩中に他の犬の排泄の匂いを嗅いだり、自分も残したりすることを指しています。これをすることによって犬は社会欲が満たされます。)

150827_01.jpg

何が言いたいのかと言うと、
私たち人間は、まだほんの小さな赤ちゃん(子犬)を怖がらせていないだろうか。
思わず声が出ちゃった!というような生理学的反応まで叱っていないだろうか
犬からしたら当たり前で大切な行動をダメって叱っていないだろうか。

安易に叱る事で、犬の当たり前の欲にフタをしてしまっていないか。
犬を悲しませていないかな?


人間だったらこういうことかな?ああいうことかな?って思いながら、言葉の通じない赤ちゃんにも優しく接すると思うのですが、犬になるとなぜかそれができなくなる私達・・・。なぜ?^^;

犬と人間の感情脳って似てるんだそうです。
犬に感情がないと思っている人は今はもうほとんどいないと思いますが、もちろん感情はあって、その部分を司る脳は人間も犬もほとんど同じなんですって。
だったら犬にも同じように、優しさをもって接したい。
人に優しく接した時、自分もほんわか心が温まるように、犬もきっと同じです。私は同じでした。

何か困難にぶち当たった時、手を引いて大丈夫だよって導いてくれる人が、自分のことを何も分かってくれない好きでもない人だったら手を振りほどきたくなるはずです。
犬も同じだと思うんですね。

トレーニングというと隅に追いやられがちな犬の感情面のお話しですが、とってもシンプルでとっても大切なことで、一緒に生きていくのであれば一番大切なことではないかなと思います。
ルビーとの関係がひと山超えた時、まず一番最初に必要だったのに私に足りなかったのは、相手を思いやる事、優しさを持って接することだったんだって、過去の自分を振り返ってみて改めて思ったのでした。大切にされるべきものが大切にされなければ、トレーニングやしつけと言っても犬に伝わるものが(犬が受け取るものが)全然違ってきてしまうなと感じています。


posted by カエデ at 18:40| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月26日

少し遠目で見てみます

ちょっとブレイク♪喫茶店
細かい部分のお話しが続いているので今日は大きな視点での投稿を一つ残しておこうと思います。
FBの投稿からです。今まで書いてきた”叱らない”と”自分を良いものとして条件づける”ということと繋がっています。

 犬と暮らす上で大切なこと。
それは犬を怖がらせたり悲しませたりしないということかな。生きていれば避けられない驚きや悲しみは必ずあると思うからそういうものは仕方がない(一緒に乗り切れると思います)と思うけれど、人側からあえてそういうものを与えない(取り去る事で悲しませることも含めて)。
その上で、犬が社会に受け入れられる様に、穏やかな介入を自分が出来るようになることが大切なのかなと、今は思っています。

多くは、”犬を怖がらせたり悲しませたりしない”と言う部分を大切にされないから結局”穏やかな介入”が犬に伝わらないのかもしれない。
だから「○○があって、その上で△△」の、○○の部分は外せないと思うのだけど・・・。



150826_01.jpg

大切なことって本当はすごくシンプルなのかもしれません。
家庭犬の幸せ。ちょっと力を抜いて、コーヒーでも飲みながら一緒に考えてみませんか?
ちょっと力を抜いた時、あなたは楽になりませんか?犬もきっと同じだと思いますよ。


posted by カエデ at 21:26| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする