2015年09月11日

思わず振り向いちゃう!

みなさんは大好きな人っていますか?
歌手でも俳優でも誰でも良いです。福山雅治でもロバレでもブラピでも(昔好きな友人がいたので^^;)誰でもOKです。
漫画の中の人でもいいですよ。^^;

道を歩いていたら不意に背後からその人の声が聞こえたとします。
その人の声が自分の名前を呼んだとします。

”えっ?♡”

って振り向いちゃいますよね?

仕事帰り、疲れ切って電車に揺られている時、
ふいに後ろから大好きな人の声がしたら、思わず振り向いてしまいますよね?
そしてとっても幸せな気分になると思います。

前に書いた記事の中で時々
”罰や叱りではない、穏やかな方法で行動を止めることができる”
というような事を書いたのですが、
これがそのことなんです。

犬が思わず
「え、なあに?」
となるような関係であれば、いざという時で声や体で介入したらこちらに意識を向けてくれるはずと思うのです。

いつもいつも、犬と接する時に良い自分を意識して接して(良いものとの対呈示)、その犬の大切な人になっていれば、いざという時こちらの介入に思わず反応してくれ、応じてくれると思うのです。
何かがきっかけで興奮したりパニクッたりしている時にも、ポトリと脳ミソ奥深くに届くようなものがあれば、ハッとこちらに戻ってきてくれると思うのです。

実際私とルビーとの関係は、叱りを止めて良い自分を作るところから変わって行きました。
叱りを止めて、ご飯を上げる時に名前を呼び、おやつをあげる時にもいちいち名前を言い、いい子だねといいながらヤギミルクを与え、^^;朝起きたら笑顔で穏やかに「おはよう♪」です。

ただ、ワンコさんにも思春期というかやさぐれ期^^;というのがあって、何をしても気に入らない機嫌が悪い、みたいな時期(や個体)もあるようです。でもそういう時期こそ叱らずに、良いもので満たして、過ぎた行動はただただそれをさせない様に止める(手や体を使って止める。罰や叱りではなく止めるだけ。)
そうやってヤサグレ期も乗り越えつつ、”え、なあに?”期^^;を目指せると思うのですよね。

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我が家の場合ルビーはもう大人犬になってから我が家に来たので思春期とかはわからなかったのですが、
チニタ(猫)がルビーのハチャハチャした動きにイラッ!とするみたいで、^^;特に彼らのご飯の支度中などは思わずルビーの首元にかぶりつく、ということをし出したことがありました。^^;
なので一時期ご飯の前はチニタにケージに入ってもらっていましたのですが(ケージの中はチニタにとって既に良いものになっています)、でも、もしかしたらそんなことしなくても止められるかも?
と思って、ご飯の支度しながら「いい子だね〜」と、かなり早い段階ですり足にて介入^^;(チニタは私が脚で介入することを全く怖がっていません)して、”絶対に”(絶対にさせないというのがポイント♪)ルビーの首元にかぶりつかせない様にし続けました。
そんな事をしているうちに、チニタはご飯の支度中ルビーにかぶりつかないで^^;いられる様になりました。

犬も常に成長の過程(行動学的な成長過程という意味でも、そして自制心を育む過程という意味でも)にあることを人間側が知っていれば、
いちいち若かったり未熟だったりするワンコさんと同じ土俵に上がらずに済むし(自分もイライラと叱ったりすること)、満たす事、過ぎた行動は淡々と制することに飼い主側も集中できるんだな、というのが、私が犬を勉強しながら感じたことでした。

”犬を変えよう”、ではなく”自分が変わる事で結果として犬が、そして犬との関係が変わった。”というのが、私自身が歩んできた道のりでした。


posted by カエデ at 22:40| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月01日

”叱らない”の意味と理由(3)

まだ続いてたの?と言う感じの”叱らない”シリーズです。^^;

こちらの記事 にも書いたのですが、犬って色んなものにポジティブな感情が条件づけられたりします。もちろんこれは犬だけでなく人間も同じだということはこの記事にも書きました。

ただ、嫌な事も条件づけられるんですよね。^^;
ポジティブなのとは反対のネガティブな条件づけもされてしまうのです。

例えば散歩中に他の犬に会って自分の犬が吠えた時
「コラ!」
って言って(まあ言わなくても^^;)リードをグイっと引いたら、グイっと引かれた首輪の嫌な刺激や、もしかするとリードを引いた時に飼い主さんが怖い顔をしていればそのこわばった表情(ネガティブな表情)が、
そこにあるものや状況に条件づけられてしまうことになります。

例えば他の犬が嫌なものだと条件づけられるかもしれないし、
”犬を連れている人(人+犬)”というのが嫌なものと条件づけられるかもしれないし、
角を曲がった時にそれが起きたら角を曲がる事が怖いと条件づけられるかもしれないし、
リードを持っている飼い主さんが嫌だと条件づけられるかもしれないし、
散歩自体が嫌だと条件づけられるかもしれないし・・・。

犬が何をネガティブに条件づけてしまうか人間にはわからないことも多いけれど、
とにかく犬にとって嫌な刺激が起こったら、その時そこにある何かを嫌なもの(とか危険だ)と感じるようになる可能性が高まります。

だとしたら
「コラ!」「NO!」って叱ることは
何を意味するでしょうか。

怖いもの、危険な人がいる生活空間で彼らは安心して生活することができるかな。
またそういう人に、犬は身を任せてくれるだろうか。
爪切りや歯磨きなど、日々のお世話を気持ちよくやらせてくれる関係になれるだろうか。
犬が年老いて飼い主の介助が必要になった時はどうだろうか。


そんなことを考えつつ日々を大切に過ごせたら、
犬達との日々はもっともっと温かいものに包まれて
いずれ彼らが旅立った後も私達の心の中で宝物としてずっと輝き続けるのだと感じています。
そしてそれはいつからでも始められるし、手遅れはないと思ってます。

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posted by カエデ at 09:38| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月27日

”叱らない”の意味と理由(2)

”叱らない”をお勧めする理由について続きを書いてみたいと思います。

●犬の当たり前の欲求や要求を否定してしまっていないか

例えば、人間の赤ちゃんが泣いている時にそれを叱る人っていますか?いませんよね。^^;あ、お腹が空いたのかな?おむつがぬれてるのかな?眠いのかな?とか考えると思います。
それに赤ちゃんでなくても、誰でもビックリすればわっ!って声がでると思います。

それから、インターホンが鳴ったとして、
「お母さん、誰かきたよ」
って言われた時に
「コラ!」
って叱るひともいないと思います。

人が新聞読んだり、名刺交換したりすることを叱る人もいないですよね。
(散歩中に他の犬の排泄の匂いを嗅いだり、自分も残したりすることを指しています。これをすることによって犬は社会欲が満たされます。)

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何が言いたいのかと言うと、
私たち人間は、まだほんの小さな赤ちゃん(子犬)を怖がらせていないだろうか。
思わず声が出ちゃった!というような生理学的反応まで叱っていないだろうか
犬からしたら当たり前で大切な行動をダメって叱っていないだろうか。

安易に叱る事で、犬の当たり前の欲にフタをしてしまっていないか。
犬を悲しませていないかな?


人間だったらこういうことかな?ああいうことかな?って思いながら、言葉の通じない赤ちゃんにも優しく接すると思うのですが、犬になるとなぜかそれができなくなる私達・・・。なぜ?^^;

犬と人間の感情脳って似てるんだそうです。
犬に感情がないと思っている人は今はもうほとんどいないと思いますが、もちろん感情はあって、その部分を司る脳は人間も犬もほとんど同じなんですって。
だったら犬にも同じように、優しさをもって接したい。
人に優しく接した時、自分もほんわか心が温まるように、犬もきっと同じです。私は同じでした。

何か困難にぶち当たった時、手を引いて大丈夫だよって導いてくれる人が、自分のことを何も分かってくれない好きでもない人だったら手を振りほどきたくなるはずです。
犬も同じだと思うんですね。

トレーニングというと隅に追いやられがちな犬の感情面のお話しですが、とってもシンプルでとっても大切なことで、一緒に生きていくのであれば一番大切なことではないかなと思います。
ルビーとの関係がひと山超えた時、まず一番最初に必要だったのに私に足りなかったのは、相手を思いやる事、優しさを持って接することだったんだって、過去の自分を振り返ってみて改めて思ったのでした。大切にされるべきものが大切にされなければ、トレーニングやしつけと言っても犬に伝わるものが(犬が受け取るものが)全然違ってきてしまうなと感じています。


posted by カエデ at 18:40| 叱らない・罰を与えない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする