2016年11月04日

犬って舐めるの?

こんばんは。埼玉は暖かな一日でした。
ベランダのミセバヤもどんどん咲いて、なんだか美味しそうです。(笑)

題名の「犬は舐めるの?」ですが、
そりゃあ犬は舐めるよね、人の顔をベロベロ嬉しそうに舐めるし、うちなんて猫のチニタでさえ私の顔を舐めてきて感極まって鼻やら顎やらをガブって咬まれる事もあります。^^;

・・・という”舐める”の話しではなく。^^;

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今ちょっと「支配性理論」について調べていたのですが、簡単に説明すると、
「犬の祖先であるオオカミの群れには、群れを安定させる為に階級制度があって、強いものが上位に弱いものは下位に位置し、上位のオオカミは下位のオオカミにその座を奪われない様に力で制裁を与える。」
という考え方が「支配性理論」と呼ばれています。

この理論、不自然なオオカミの群れの実験から導き出された古い理論なので、犬のトレーニングなどでは否定され始めて・・・どのくらいでしょうか。




「動物が幸せを感じるとき」の中では、J・デイヴィッド・メック博士が、これまで支配性理論の元となっていた実験用の寄せ集めのオオカミの群れとはちがって、自然のオオカミは家族単位で暮らす、という研究結果を1999年に発表した・・・とされていますが、そうすると「支配性理論」が覆されてから17年くらい経つということでしょうか。
ただ、「犬はあなたをこう見ている」によると、どうやら新しい科学の考え方が受け入れられるには20年はかかる、と言われているそうなので、あと3年くらい?^^;。

でもふと思ったんです。

「支配性理論」なんて言葉は知らないけれど、自然と

「犬に舐められるから/舐められないようにしなくちゃ」とか
「犬が上になっているから/飼い主が上にならなくちゃ」とか
「犬は人が上に立った方が幸せなんだ」とか・・・。

思ったり言ったりしてしまっている人がまだいるんじゃないかなって。
そしてそれを”しつけ”として犬に恐怖や苦痛を与える言い訳にしてしまっているんじゃないかなって。

これをしていて犬との関係が良くなることってないよね、って勉強してきて思うようになりました。
一見人の言う事をよくきくようになるワンコさんはいるかもしれないけれど、それは一見そう見えるのであってワンコさんの心の中はどうかな。
飼い主さんのことを
「この人の声をききたい。この人の匂いが好き」
って思ってくれているかと言ったら、そんなことはないんじゃないかなと思います。
それに、力でねじ伏せる、をしていたら、どこまでも抵抗する子もいるかもしれないし、それを模倣する子もいるかもしれないしで、問題がこじれてしまうことの方が多いんじゃないかなと思うようになりました。

オオカミの群れの実験の設定が間違っていたということが浸透して「支配性理論」という言葉はなくなっても、この理論の中身だけ残っちゃったら嫌だなあ^^;って、色々調べていて思ったのでした。
大切なのはそういう感覚・・・支配的な感覚を人側が捨てられるか(自分で抑制できるか)どうか、なんじゃないかなと思ったりしています。




posted by カエデ at 19:00| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月23日

スイッチ増えたね

こんにちは♪
日曜日。あ〜あしたは月曜日だ。当り前ですけど。^^;

ついこの間まで夏だったのに、涼しくなると遠い昔のことみたいな気がしますよね。
前はそういうことを感じるスイッチは植物の世話をしている時に押されていた気がします。
今も勿論ベランダにでて外の匂いを嗅いだりすると「ああ・・・」って思うけど。
でもこれ犬と散歩してる時も・・・思うな。
スイッチ増えた。しかもポジティブなスイッチ。やった!(笑)

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でもルビーを迎えたばかりで何がなんだかわからなくて大変な時はこんなこと感じられなかったですけど。
そんなに大変な子だったわけじゃないのに、なんでああだったんだろう。^^;
でも頑張ったな私。

というような事を、秋になると思ったりします。
夏にさよなら。
季節が移り変わりことさえ、自分を応援してくれてるような感じがするんですよね。


posted by カエデ at 12:00| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月20日

そういう動機で始めてもいい

こんにちは。
暑いくらいの埼玉です。なんだか調子崩れちゃいますね。

内田樹先生の「ぼくらの身体修行論」。とても好きな本で、何度も読みかえしている一冊です。


140ページあたりにこんなことが書いてあります。
内田先生が多田先生にどうして合気道を始めようと思ったのか聞かれた時、
「はい、喧嘩が強くなろうと思って」
って答えたところ、
「そういう動機で始めてもいい。
(しかし、)君は君が学ぼうとしている事と全く違う事を学ぶことになるだろう」
というような事を言われたと。
そしてそれに魅了されたと。

学びとは、
「これください」
「はい、差し上げます」
という技術と対価の交換ではない、
というようなことも書いてあります。

6年間、同じような場所で勉強してきた気がするよ。
入口に立ってた時の自分が欲しかったものと違うものを持って出口(ないかもだけど^^;)に立ってる自分がいる気がするもんね。

犬とどうしたら仲良くなれるのか、その方法を教えてもらえると思ったけど、肝心なのは方法じゃなかった。
方法はその子その子の前で都度自分で決めるもの。
その”決める力”をつける為に必要なものを自分の中に育てること。

でも自分で考えてやってみたものの、なんだか違うらしいということは否定されなくても分かってきたりします。そうしたら自分で考える。
考えてまたやってみて、でもまた失敗して・・・。みたいな。
でも出さなくちゃ(やってみなくちゃ)間違いにも気づかない訳ですしね。そういう意味では失敗は肥やしになるから。

だけど、自分ではない別の命。例えば犬達に対する失敗は?
理不尽な叱りで悲しい思いをさせてしまったことなどは?

私にとっての犬の先生が
「犬達は忘れない。忘れないけど許してくれてるんですよね」って言ってました。

そうか。彼らは今を生きてるから、というのもあるかもしれないけれど、見方を変えると私達人間よりも成熟してるね。^^;
そんな彼らに後悔とか憐みとかそういうものを返して自分を慰めるのだけは私はやめよう。
もっと彼らが貰って嬉しいもの・・・。
今日からの日々が穏やかで安心できて、犬としての喜びで満たされるものであるように努めよう。
怒り顔ではなく、笑顔やずっこける(死語?^^;)くらいの笑いとか。

でもそういうものって犬や猫と暮らしてると自然と出てくるはずのものだったりしますね。
だって、ルビーの寝顔はこんなにかわいいし、チニタの寝相もこんなにおかしいし。

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収斂進化という言葉がありますが、私が彼らに近づいているのかその反対なのかはわかりません。^^;
posted by カエデ at 14:45| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする